現代語訳『海のロマンス』116:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第116回)

なんだかわけのわからない音楽

それはそれは実にやかましい。

細く割った竹を束ねたササラのように、すさんだ神経の末端まで、「しゃくにさわるという一念」が恨(うら)めしく行き渡るほどに、やかましい。

名実ともに美しい都リオの情景から得た好感情、好印象は、この騒音にたちまち徹底的に破壊せられてしまった。

本船と並んで正横の距離(ビーム・ディスタンス)約二ケーブル*(約三百六十メートル)のところに、ブラジル共和国秘蔵のド級戦艦サンパウロが尻も重たげにどっしりと停泊している。停泊している分はまだまだ辛抱できるが──などと言ったら、それこそ居候(いそうろう)の分際でとんでもない心得違いだと叱られるかもしらんが、その上甲板から騒然かつ乱雑に絞(しぼ)りだされる無作法な音響にはまったく参らざるをえない。実にやかましい。

* ケーブル: 長さの単位で一海里(1852m)の十分の一。

嘘だと思うなら、せめて一日でいいからリオの大成丸へ来て、サンパウロの二重砲塔(ダブルタレット)の脇から響いてくる、吠え狂う太鼓の音や、悲鳴のような笛の音や、絞(し)め殺されるラッパの音を、わずか三町(さんちょう)*の間隔で聞いてみるがよい。 続きを読む