米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著
夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第117回)
雨のリオ
いつの間にか暖かい小雨が、泊地の湾の風光を霞(かすみ)の裏にこめて、音もなく粛々(しゅくしゅく)と降っている。
心地よく伸びた四肢を長々と湯舟の中に横たえながら、静かに落ち着いた悠遠(ゆうえん)の心を抱いて物憂(ものう)げに重い頭をもたげる目の前に、晴れやかな銀色の矢のような雨が青い船窓(スカッツル)を涼しく上下に貫いて降っている。
軽い雨脚(あまあし)が広々とした水郷の波にささやいて煙(けむ)るがごとき情趣を生じきたるとき、観る人の心は平安で悠久な夢幻境(むげんきょう)に誘いこまれるのである。
この平安なる心を抱いてこの優美なる景色美に対している。 続きを読む