米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著
夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第52回)
二、副直勤務
夜明けの当直の副直(サブワッチ)に立つ。十一月五日。
暗い海から涼しい風が吹き上がって、睡眠(ねむ)りたりない顔にいくぶんの爽快味を与える。うす暗い羅針盤(スタンダード・コンパス)のランプで、針路が南南西になっているのが照らし出される。
例の季節風(モンスーン)のため、したたか悩まされた練習船はついに十一月三日の午後四時に総帆(そうはん)をたたんで機走に移った。北緯八度四十分、西経百二十四度。
暑さはいくぶん減ったようだが、赤道無風帯(ドルドラム)に特有の威嚇的な空と、悪性な海の揺れ方はまだ直りそうもない。