天測航法10─陸が見えるときの航法

今回は陸が見えるときの航法について

沿岸航海での位置の確認は地文航法となり、天文航法とは別物。とはいえ、方位線とか位置の線といった概念は二次元か三次元かの違いがあるだけで考え方そのものは同じなので、最低限必要な地文航法の知識があれば、天文航法の位置の線の概念もわかりやすくなる。

●海図で確認できる陸の目標(物標)が複数ある場合

海図を見ると、水深など海の情報は豊富に記入されているが、陸上はすかすか(白紙の部分が多い)。これは海上から見て目立つ目標物(山頂、灯台など一目でわかるもの)だけを示すためである。
で、それが二つ以上確認できる場合、クロスベアリングという方法で船の位置を知ることができる。

クロスベアリング
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図を見れば一目瞭然だが、方位磁石で山頂Aが50度の方角に見え、灯台Bが100度の方角に見えたとする(ここで角度はすべて、方位磁石の偏差と自差分を加減したものとする)。

海図でコンパスローズの50度の線に定規を当て、それを山頂Aまで平行移動させて線を引く。これを方位線という。船はこの方位線上のどこかにあるはずだ。
次に、同じ手順で灯台Bの方位線を引く。
船はこの方位線上のどこかにあるはずだ。
つまり、船は、この二本の方位線が交わったところにある。
これを交叉方位法(クロスベアリング)という。

物標と物標はある程度は離れていたほうが精度があがる(少なくとも30度)。
さらに第三の物標Cがあり、その方位がわかればさらに精度がよくなる。その場合、三本の方位線は一点で交わるはずだが、実際にはなかなかそううまくいかない。
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こんな感じで、三本の線で三角形(誤差三角形)ができてしまうことが多い。この三角形は、作業になれるにつれて、だんだん小さくなる(精度が高くなる)。この三角形の中央が船の位置になる。

この方法で六分儀を使うこともできる。六分儀を水平に構えて、AとBの角度、BとCの角度を測定する。
その角度を海図とは別の薄い紙(トレーシングペーパー)に描き、それを海図に重ね、それぞれの線をA、B、Cに合わせると、交点が船の位置になる。

※方位を測定する際の注意点
2カ所または3カ所の方位を測定する場合、船の前方と後方(船首尾方向)にある物標の方位を先に測定し、横方向の物標を後にする。
船が動いていれば後者(横方向)の変化が早いためだ。

●陸の目標が一つしかない場合
四点方位法、船首倍角法、両側方位法(ランニングフィックス)などがあり、それぞれ基本的な考え方はほぼ同じ。
四点方位法と船首倍角法について簡単に説明し、その後で実用性が高いランニングフィックスの手順を説明しよう。
いずれも二等辺三角形の性質を使ったもので、船は同じ進路、同じ速度を維持するのが前提になる。

四点方位法
船の進行方向(針路)から45度の位置にある物標を探し、時間と船の速度を記録しておく。
そのまま進んで、物標が真横に来たときの時間を記録する。
その間にかかった「時間×速度」で船が移動した距離がわかり、それはそのまま物標との距離にもなるので、船の位置が決まる。
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船首倍角法
手順は四点方位法と同じだが、角度が45度に限定されないので利用可能な状況が増す
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船の針路から物標までの角度を測り、時間と速度を記録しておく。
そのまま進んで、物標がさきほどの角度の2倍になる位置に来たところで時間を記録する。
その間の「時間×速度」が物標までの距離になるので、船の位置が決まる。

ランニングフィックス
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1.A点で、物標の方位と時間を記録する。
2.船の進行方向と方位の線を海図に線で引く。
方位線はコンパスローズを使って正確に引くが、
進行方向の線については物標からの距離はだいたいでよい。
3.そのままの方向と速度でしばらく進んでから、もう一度物標の方位を測定し、その方位の線を海図に記入する。
4.進んだ時間×速度で出た距離の分だけ、最初の点Aから測って進行方向の線に印(B)をつけ、Bが2番目の方位線と重なる位置まで線分ABを進行方向の線に対して平行移動させる。
その点が船の位置になる。

●六分儀を使って距離を知る
たとえば、船から見えるところに島や山がある場合、その高さを六分儀で測ることで船の位置を知ることもできる。
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上図で、山頂直下までの距離を x m、山の高さを h m、仰角をΘとすると

Tan Θ = h / x

これを整理すると、距離 x =h / tanΘ

天測計算表には三角関数表も掲載されているので手計算でも可能だが、関数電卓を使うと手っとり早い。

山頂から方位の線を引き、計算した距離の分で印をつければ、それが船の位置になる。

数字はメートルなので、海図上でディバイダで距離を移す場合は、海里に直しておく。
1海里=1852m

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天測航法 4─天測航法に必要なもの

天測に必要な道具はいろいろあるが、なければ話にならないという必須のものと、あれば便利かな(もっと正確になるかな)というものの二種類がある。まずリストを示し、その後で説明を加える。
必須のもの
1.正確な時計(クロノメーター)
2.六分儀(セクスタント)
3.天測暦(航海暦)
4.海図(航海海域に応じて)
5.方位磁石(コンパス)
6.天測計算表(米村表など)

次に、あれば便利なもの

7.関数電卓(またはパソコンの表計算ソフト)
8.位置決定用図
9.星図盤

順に説明していこう。

1.クロノメーター
航海用の精密な時計を指し、古くは時辰儀(じしんぎ)とも呼ばれた。

大航海時代以前から、いかに正確な時計を開発するかは航海の歴史だけでなく、科学史でも重要なテーマであり、これだけでも分厚い本が何冊も書かれている。
とはいえ、いまどきの水晶発振(クォーツ)の腕時計や電波時計(国内沿岸)は、大航海時代の最先端の時計と同等以上の精度があるので、クロノメーターの代用として十分な機能がある。
というより、揺れる小型船での観測誤差はかなり大きく、それより時計のずれの方がずっと小さいので、普通の時計でも実質的に問題はない。
時間は、グリニッジ標準時と船上での生活に必要な現地時間用に二つ用意するか、デュアル表示ができればなおよい。

2.六分儀
太陽などの天体について水平線からの角度(高さ)を測定する道具。
正確な高さを知るには、きちんと較正された正常に作動するものがほしい。日本では玉屋(現タマヤ計測システム)の製品が有名で、TAMAYAといえば六分儀の代名詞のようになっている。

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太平洋周航中、六分儀を使って太陽の高度を測定するジャック・ロンドン(スナーク号にて)

とはいえ、かなり高価なので、使い方を覚えるのが目的なら、プラスチック製の廉価版(Davisのマーク15や25など)という選択枝もありだ。コロンブスの時代は六分儀などまだなかったので、新大陸発見につながる四次にわたる航海でも、六分儀の前身の四分儀やアストロラーベという器具を使っていたとされている。それも試験的なレベルにとどまり、現存する航海日誌を読むかぎりでは、ほとんど推測航法(DR)を用いていたようだ。これについては第四章で説明する。

というわけで、プラスチックと馬鹿にすることなかれ。

経験を積んだベテランの航海士が定評のある六分儀を使い、帆走しながら上下左右に揺れる小さなヨットで測定した場合と、あまり経験のないアマチュアが揺れをほとんど感じない大型の豪華客船でプラスチック製の六分儀を使って測定した場合を比べても、そう大きな差は出ないのではないか――というより、足下が安定している分だけ「アマチュア+プラスチック製の六分儀」の方が正確な数値が得られるのでは――と思わせるくらいの精度はある(何度も言うが、実際の航海ではGPSの併用は必須)。

これがないときはどうするか?

どうにもならない。

とはいえ、サバイバルの状況では、いろんな道具を使っておおよその高さを知ることはできる。

全長七メートル弱のヨットで大西洋横断中に遭難したスティーブン・キャラハンは、救命イカダで漂流中、鉛筆三本を組み合わせて三角形の簡易測定器を自作して太陽の高さを測った。時間は腕時計でわかる。
だいたいの高さとだいたいの時間がわかれば、だいたいの場所の検討くらいはつく。
それを航法と呼べるかは別の問題だが。

その意味では、自分の体を使うというのが究極の測定器になる。

腕を伸ばし、指を横向きにして水平線に平行にしてみよう。
指一本の幅が二度
握りこぶしを作ると、親指から小指までの幅が十度
親指と人差し指をめいっぱい開くと十五度、になる。

個人差もあるが、そう極端には違わないはずだ。

3.天測暦
地球は完全な球体ではなく、地軸は太陽に対して傾いているし、自転も厳密には1日24時間ではない。回転速度も一定ではなく早くなったり遅くなったりしている。
そのため、観測で得られた値は必要に応じて補正(改正)してから計算に用いなければならないが、天測暦には、それに必要な1日ごとのデータが記載されている。
それぞれの天体の運行について、1日ごとの位置など、膨大な観測と計算にもとづくデータをまとめたものが天測暦で、開くと、両ページに数字の詰まった表が並んでいて、とっつきにくい印象を受ける。
こんな感じ。

太陽、惑星(金星、火星、木星、土星)、月、それに恒星(北極星やシリウスなど数十個)の位置が、1日1ページの割で掲載されている。データの読み方さえ理解しておけば、あとは必要に応じて機械的に数値を拾うだけだ。

有料ではあるが、日本では毎年夏頃に、翌年分が刊行され、海図と同じく、日本水路協会のサイトで購入できる。
https://www.jha.or.jp/shop/index.php?main_page=product_info_js2&products_id=3674

当然のことながら英語版(Nautical Almanac)も、複数の国で刊行されている(アマゾンなどで購入できる)。

英語版については、オンラインで複数のサイトから入手することも可能だ(こちらは無料)。
https://www.nauticalalmanac.it/en/navigation-astronomy/the-nautical-almanac.html

4.海図
これは説明するまでもないだろう。
山歩きする人にとっての国土地理院の地形図のようなもので、航海する海域全体が見わたせるものと、島で錨泊地を探すための大縮尺の詳しい海図の両方があれば一番よい。
加えて、海図上で距離を測るためのディバイダ(製図用コンパスの両方の足が針になったもの)と定規、鉛筆、消しゴム。

定規は日本では二枚の三角定規を使うのが一般的(井上式という専用の定規がある)。一定の角度の直線を平行移動させるだけだから、製図用など大きめの三角定規でもよい。欧米では平行定規を使うことが多い。

5.方位磁石
天測はしなくても、船には絶対に必要なもの。注意すべきなのは、磁石の指す北(磁北)と北極点(真方位の北)には少しずれがあること。これを偏差という。
海図には、真方位と磁針方位を同心円で描いた図が必ず印刷してある。これをコンパスローズという。この偏差は年ごとに変化するが、その割合も海図に書いてあるので、海図の作成年と現在に差がある場合は、さらに年数分追加/削減する必要がある。

上のコンパスローズでは内側の磁針方位の北を指す線に「7°10’W  20** (1’5W)」と書いてあるが、磁針の北を指す方向が20**年の段階で真方位から7°10’西側にずれているいう意味である。カッコ内の数値はその年から1年ごとに1’5度ずつ西にずれていくことを示している。海図の刊行された年から2年後であれば7度10’に3’(1’5×2)を加える。

また、磁石はエンジンなどの金属が近くにあると影響を受ける。これを自差という。これは、船の向いている方角によっても違ってくるので、東西南北とその中間の八方位について、それぞれ自差がどれくらいあるのか、あらかじめ確かめて表を作っておくことも大切。

海の上で、実際に海図上で方向が確定できる見通し線を見つけて、船をその場でぐるっと360°回転させながら記録していくわけだが、このあたりのことは天測以前の航海術の話になるので割愛。
ここでは方位磁石(コンパス)の指す方角では、偏差と自差の分を考慮して修正しなければならない、ということだけを覚えておこう。

6. 天測計算表

天測に必要な計算では、関数電卓を使うか、表計算などのパソコンソフトで計算式を作っておいて、観測した値だけ入力すれば自動的に結果が出るようになっていることが多い。
天測計算表は、そうした何種類もの計算結果をあらかじめ一覧表にしたものだ。
天測計算表と位置決定用図は、上記の海図を販売しているところ(日本水路協会の海図ネットショップ)で購入できる。
天測暦と異なり、計算表は一冊あれば毎年購入する必要はない。

子午線高度緯度法では紙と鉛筆を使った初歩的な計算だけで結果が出るし、正午の太陽の観測による位置測定では、7以下については別になくてもかまわない。

こう言い切ってしまうと、反論もあるだろうが、実は一口に天測といっても、時代によって大きく異なっているのだ。

海員学校や航海士の養成課程で天測の訓練を受けた人にとっては「天測=位置の線航法」というイメージが強いが、そもそも「天体の方位と角度が観測者の位置を示している」ことが発見されたのは十九世紀半ばであり、それを元にした位置の線航法が確立され広く使用されるようになったのは、十九世紀後半から二十世紀にかけてのことにすぎない。

つまり、大航海時代のコロンブスやマゼランも、日本に鉄砲やキリスト教を伝えた南蛮船も、さらに時代が下って太平洋をくまなく周航してハワイを発見したジェームズ・クックも、この「位置の線」という概念は知らなかったし、当然のことながらそうした観測もしていなければ、そうした航法を用いてもいなかった。

位置の線航法は、ある意味で天測航法の完成形であり、外洋航路の航海士には必須の知識と技術なので、最後に取り上げる(第七章)が、目的が単に太平洋や大西洋を横断するとか、日本からハワイに行くという程度のことであれば、そうした知識がなくても可能であるのは間違いない。

というか、位置の線航法では、現実問題として、三角関数の計算や天測計算表など必要な知識や道具が一気に増えてしまうため、急にハードルが高くなってしまう。

7.星図盤
天測暦にも簡単な星を示す図は載っている(恒星略図と惑星位置図)。
とはいえ、現実に小さな船で、(ヨットはベテランでも天測は)アマチュアレベルの人に測定可能なのは北極星の観測くらいだろうから、あれば夜のワッチで星を眺めて退屈しのぎができるくらいか。
というのも、昼間は星が見えないし、夜は水平線が見えないわけで、両方が見えるのは、夜明けと夕方のごく短い時間帯のみ。しかも、揺れている船上で小さな星をレンズの中に捉えるのは至難の技だ。

ここで、もっと本格的に勉強したいという人のために、定評のある参考資料を紹介しておこう。
手元にある本を並べてみた。

referencebooks
左から、定番の『天文航法』長谷川健二著 海文堂
中央は英語の本で、
“CELESTIAL NAVIGATION FOR YACHTSMEN” Mary Blewitt著 International Marine/McGraw-Hill Book
右が『誰にもわかる漁船天測法』佐藤新一著 海文堂

手元には天文航法は昭和の版と平成の版の2冊、漁船天測法は最初の版と改訂新版の2冊があり、新しい版ほど、日本語として読みやすくなっている(「漁船…」はとうの昔に絶版)。
英語のものはタイトル通り「ヨット乗りのための天測航法」そのまま。必要最小限のことだけを説明し、69ページしかない。いちど基礎的な知識を頭に入れてから整理するのにいいが、いきなり読み始めたら、かえってわかりにくいかも。

次回から実践編。

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天測航法 3─なぜ太陽が真南にきた時間を知ると自分のいる位置(経度)がわかるのか

経度については、海外旅行をするときの日本と現地時間の差(時差)と考え方は同じで、経度が15度で1時間の差になる(360÷24=15)。緯度よりずっとわかりやすい。

とはいえ、赤道付近で経度が1度違うと距離は60海里(1852m×60=111120m)、15度では900海里(1667km)にもなるので、もう少し下の単位が必要になるが、前回述べたように時間と同じで、分や秒を用いる。

1時間=60分         1分=60秒

1度 =60分         1分=60秒

どちらも分と秒でまぎらわしいので、

時間の場合は、時間(h)、分(m)、秒(s)を使う(hour、minute、second)。
2時間5分30秒 => 2h、5m、30s

緯度・経度の場合、度()、分( ′)、秒(″)を使う。
135度15分25秒 => 13515’25″

経度1度の距離は、赤道付近が最大で、北または南に行くほどその距離は狭くなり、北極や南極では1点に収束する(理論上はほんのひとまたぎで、経度0度から経線をすべて横切って地球一周できる)。

緯度の1度はどこであっても距離は変わらない。

経度を知るには、その場所で太陽が真南にきたときの時間を計測し、

それが経度0度のグリニッジ標準時(GMT)より何時間何分進んでいるか(遅れているか)を調べ、

その時間差を度に換算すれば、いまいる場所の経度が算出できる。
現在では、GMTではなく、セシウム原子時計で調整した協定世界時(UTC)が使われる。両者では100年間で18秒ずれるとされるが、六分儀を使った観察では「同じ」とみなしてよい。

実際の観察では、太陽がいつ真南にきたのかを判断するのかが意外にむずかしい。また太陽はきちんと1日24時間で1回転しているわけでもないので、その分の補正も必要になる(「均時差(きんじさ)」という)のだが、その点については、実践編で具体的な手順を説明する。

ここでは、時間と度の換算について、きちんと理解しておこう。

時間と度の関係は、地球が24時間で1回転することを前提としている。
つまり 24h=360 だから
時間と度の換算表

船にはグリニッジ標準時を示す時計(いわゆるクロノメーター。いまどきの時計は昔の貴重で高価なクロノメーターと同等以上の精度がある)が必須になるが、グリニッジ標準時の正午との時間差を求めて、度に換算する。

グリニッジ標準時より早ければ東経、遅ければ西経になる。

具体的な例で考えよう。
太陽が真南にきた時間(南中時刻)をはかったら、グリニッジ標準時の正午(12時)より10時間18分41秒早かったとする。
10h×15=150
18m×15=270’=430’
41s×15=615”=10’15” なので、

経度(E)    =(150+4)(30+10)’15”
=15440’15”

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ここからは、おまけ

電卓かパソコンの表計算ソフトが使えれば、こんな筆算はしなくてすむ。

まず、10h18m41sを時間で表す。

10+18/60+41/60=10.31138889(時間)

これに15をかければ、整数部が度になる。
10.31138889x15=154.6708333

小数点以下に60をかければ、整数部が分になり、その小数点以下に60をかければ秒がでる。Excelのような表計算ソフトだとTEXTなどの関数を使えば、数値を入力するだけで

A°B′ C″の形式で表示させることもできるが、そういう今風の道具を使ってよいのなら、「最初からGPSを使えよ」って話になるわけで、天測にロマンを感じたいのであれば、計算も電卓なんか使わず、鉛筆片手に筆算できる範囲にとどめておいたほうがよい。

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天測航法 1─はじめに

はじめに

カーナビはいうまでもなく、道に迷ったらスマホに内蔵されているGPSを使ったナビ・アプリで道案内してもらえばいい時代には、六分儀を使った天文航法による位置測定は、旧世紀の遺物、ほこりまみれの骨董の世界のように思える。とはいえ、大航海時代の探検家や帆船に乗った海賊、ヨットの冒険家が六分儀で太陽を観測して自分の位置を調べたりするのは、ちょっとかっこよかったりする。

実際問題として、二十一世紀の現在、大海原で自分が乗っている船の現在位置を正確に知るには、人工衛星を使って位置を表示するGPS受信機と紙の海図か電子海図があれば十分だし、そうしたものを丸ごと一台に組み込んだGPSプロッターも普及しているので、それがあれば世界一周でも用は足りる──

筆者も実際のヨット遊びでは、GPS内蔵のスマホやタブレットで電子海図に現在位置を重ねて表示させて、カーナビ・アプリのように使っているので、利便性について異論はない。

こういう電子機器は電源がなくなれば無用の長物になってしまうため、「バックアップとして旧来の道具や手法も必要」という人もいる。それはその通りだ。

とはいえ、紙の海図とコンパス(方位磁石)は現在でも必需品だとは思うが、率直に言って、六分儀まではいらない気もする。

今どきのヨットで、こういう小さな電子機器の消費電力も確保できないという状態は、転覆でもしない限り考えにくいので、バックアップが必要ならば、予備の携帯用GPS受信機と電池をタッパーウェアなど水の入らない容器に密封して積んでおけば足りるだろう。

しかし、利便性とか効率だけで測れないのが人間というやつで、そもそもヨットなんてもの自体が効率とはかけはなれたものだし、エアコンやラジオもないビンテージのクラシックカーに大金をつぎこんでいる人や、オートマ全盛で、コンピューター制御の自動運転車が現実に道路を走る時代にも、マニュアルのクラッチ操作にこだわる人がいるのも事実だし、そうした人々をマニアと呼んで、ひとくくりにして片付けたとしても、どこかそっちの方が楽しげだったりするのはなぜだろう──そういう功利的な発想をしている限り見えてこない「もの」があるのではないか?

損か得か、効率がいいか悪いか、利口か馬鹿かの二者択一ができないところに人生の妙味がある──ばかのやることを馬鹿だと思ってバカにしていると、自分自身が物事の本質が見えない馬鹿になる──のかもしれない。

すでに人類は何十年も前にロケットで月に行っているというのに、人はなぜちっぽけな山に登ろうとするのか? なぜ海を見ていると、水平線の向こうに行ってみたくなるのか。散歩の途中で路地を見つけたら、なぜ迷いこんでみたくなるのか――こういう無駄が人生をおもしろくする……のかもしれない。

というわけで、これから六分儀を使った天文航法についての話をしよう。

「天測には海のロマンを感じる」でも、「単なる道楽」でも、「うんちく自慢したい」でも、動機は何でもよいが、ルールや戦術や選手の特徴を知っていた方がサッカーがより楽しめるように、天測の基本を知っていれば、少なくとも帆船やヨットの航海記や冒険物語を読む楽しさは倍増するはずだ。

これだけ知っていれば、とりあえず現代の外洋ヨットでGPSを持たずに天測しながら日本から太平洋を渡ってアメリカに到着することは可能だという程度の、具体的かつ実践的な内容になる、はず……

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