ジョン・マクレガー著
現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第52回)
この家のおばあさんという人が出てきた。おっとりとしているが上品で威厳があり、物静かだった。その人が、この闖入者(ちんにゅうしゃ)の受け入れを認めてくれた。年季の入ったオーク材の家具は女性に磨き上げられ光っている。趣味がいい。男連中が熱心に集めたものらしい。太陽がかがやき、水車はまわり、川は流れ続けている。誰もがぼくには親切にしてくれた。「あなたがイギリス人だから」ということだった。
ローマ市民を意味する「キーウィス・ローマーナス」*1というラテン語は、恐怖を与えるときより親切にしてもらうときの方が、ずっとよく威力を発揮する。「互いにかつてのローマ帝国の市民同士」という同胞意識から歓待され、正式に招待してもらったのだが、一向に食事が出る気配はなかった。娘たちがぼくを引き留めるために荷物を冗談半分で隠したりもしたが、ぼくとしては食事ができないのであれば出発せざるをえない。
というわけで、水車小屋に集まっていた全員がカヌーを置いていた場所に移動した。カヌーがあまりにも小さくて、それなのに一人前に小さな旗がひるがえってもるので、若い娘たちは手をたたいて歓声や驚きの声を上げ、漕ぎだすと、さようならと手を振ってくれた。