ジョン・マクレガー著
現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第45回)
今回から第八章になります。ジョン・マクレガーのいう「世界一美しい湖」であるルツェルン湖(スイス)にカヌーを浮かべるところから、旅が再開されます。
イミンで例の三人の釣り客が蒸気船に乗って出発すると、小さな桟橋は静かになった。ぼくは丘をこえたルツェルン湖までカヌーを荷馬車で運んでもらう値段の交渉をした。距離にして徒歩で三十分ほどだが、料金は五フランで決着した。宿の主人はカヌーに非常に興味を持っていたので、彼自身が荷馬車のたずなを持ってくれた。ところが、道すがら、会う人ごとにその話をしてまわるのだ。しまいにはリンゴの実の収穫をしている男たちにまで声をかけるほどだった。声をかけなければ、連中は作業に夢中で、ぼくらが通過したことすら気づかなかっただろう。こういう場合、スイスでもドイツでも定番のジョークが飛び交う。「ちょっとアメリカまで行ってくるよ!」と叫び、気のきいた台詞(せりふ)だろ、という風にニッと笑うのだ。
ぼくらがやってきたルツェルン湖畔の集落は、あの有名なキュスナハトだった。とはいえ、一帯の村ぜんぶがキュスナハトを自称しているので、そのうちの一つということになる。中央ヨーロッパには、こういうハネムーンの旅行先に選ばれる、絵にかいたように美しい町がたくさんある。ぼくらの周囲には例によって物見高い連中が集まってきたが、今回は宿の主人が同行して一席ぶってくれたので、カヌーを無事に隣の湖に浮かべることができた。おそらく、ここは世界で最も美しい湖だ。