ヨットの冒険の本:アーサー・ランサムのランサム・サーガ12作 (1/2)

ヨットの冒険の本とくれば、どうしても外せないのが、『ツバメ号とアマゾン号』や『海に出るつもりじゃなかった』など、現在ではランサム・サーガと呼ばれている、英国の作家アーサー・ランサムが書いた一連の作品群ですね。

アーサー・ランサムはジャーナリストとしてロシアや中国ですごした後、帰国後の四十代に、偶然に知りあった一家との交流を機に、このシリーズの小説を書き始めています。

ヨットが重要な役割を果たす小説には有名無名を問わずさまざまなものがありますが、実際に帆船やヨットに乗った経験のある人からすると「?」と首をかしげたくなるものもたくさんあります。

ランサム自身はベテランのヨット乗りでもあるので、このサーガにはそういったことはなく、帆走シーンの描写や展開にも無理がありません。

ランサム・サーガをジャンル分けすれば児童文学になるのでしょうが、大人でも十分に楽しめます。

では、具体的に見ていきましょう。

『ツバメ号とアマゾン号』 岩田欣三/神宮輝夫訳(Swallows and Amazons)

夏休みの避暑をかねて、英国の湖水地方ですごすウォーカー家の子供達の、大海原にみたてた湖でのヨットを駆使した冒険を描くシリーズ第一作。

末っ子のロジャが帆船になりきってタッキングしながら坂道を登ってくる冒頭から印象的なシーンが続き、帆船や海の匂い、冒険の雰囲気に満ちています。

小型のヨット、ツバメ号での航海、子供達だけでの無人島の探検とキャンプ、アマゾン号に乗る謎の海賊姉妹との遭遇と対決、闇夜の航海、世界をめぐってきたフリント船長とその宝探し、キャンプ地に吹き荒れる嵐など、読み始めると、わくわく、どきどき、はらはらがとまらない展開が続きます。

責任感の強い長男のジョン、しっかりものの長女スーザン、空想癖のあるAB船員のティティや無邪気なロジャ、女海賊のナンシーとペギーの姉妹など、子供達の性格もきちんと設定され描き分けられています。

無人島に渡る許可を求めた手紙に対する海軍士官の父親の返事
「オボレロノロマハノロマデナケレバオボレナイ」(溺れろ、ノロマは。ノロマでなければ溺れない)
これが、この作品だけではなく、シリーズ全体の基調になっている印象です。

『ツバメの谷』 神宮輝夫訳 (Swallowdale)

ウォーカー家の子供達は翌年の夏休みも冒険の海(湖)にやってきますが、なんとツバメ号が帆走中、突風にあおられて難破してしまいます。

ツバメ号は修理しなければ乗れないし、おまけに、楽しみにしていたアマゾン号の姉妹との再会も、大おばさんという強敵が滞在していて、なかなか実現しません。

そういう状況で、ウォーカー家の子供達はあきらめることなく、今度はツバメの谷を舞台に、海ではなく陸の荒野で冒険を繰り広げます。

監視の目があるからといっておなしくしているはずのないアマゾン号の海賊との刺激的なやりとりや、フリント船長とのツバメ号の修理の様子、ティティが名づけたカンチェンジュンガ(エベレスト、K2につぐ世界三位の高峰)への登山など、冒険のタネはつきません。

そうして、最後には、修理されたツバメ号と監視役がいなくなって自由になったアマゾン号との帆走による競争が……

『ヤマネコ号の冒険』 岩田欣三訳 (Peter Duck)

シリーズ第三作は、ちょっと毛色の変わった内容になっています。

どういうことかというと、ツバメ号やアマゾン号のような小型のヨットではなく、子供達がフリント船長などと一緒に本物の帆船に乗りこみ、ピーター・ダックという老水夫の記憶をたどって海のかなたの島に宝を探しに行く、というお話なのです。

当然のことながら、本物の海賊との追いつ追われつの競争や闘いも繰り広げられます。

スティーヴンソンの『宝島』を彷彿とさせる内容で、児童文学としてはちょっと――いう迫真のシーンもあり、正真正銘の海洋冒険譚になっているのです。

それもそのはず、これは湖でヨット遊びができない時期に、ウォーカー家の子供達とアマゾン号の海賊姉妹が楽しんだ架空の「お話」で、小さな湖や社会という制約のない世界での物語なのです。

前二作を読んだ人は、ピーター・ダックという老水夫が登場したところで、ピンとくるかもしれません。そう、ピーター・ダックは空想好きのティティの想像上の人物だからです。でも、ティティの将来の作家としての力量は本物――と思わせてくれる出来ばえです。

宝島が好きな人は、この作品もきっと楽しめるでしょう。

『長い冬休み』 神宮輝夫訳 (Winter Holiday)

この第四作で、新しい登場人物が仲間に加わります。ドロシアとディックの姉弟(きょうだい)です。

都会っ子で、星に詳しく自称天文学者の弟と、ティティと同様に空想癖があり物語を書いている姉が、ツバメ号とアマゾン号の探検家と船乗りの六人に加わるわけです。

彼らが出会うきっかけとなったのがカンテラ(携帯用ランプ)の光を使った通信で、そこからモールス信号や手旗信号へと連絡手段が広がり、都会っ子の二人はロープのもやい結びやマキに火をつける方法など、いろいろなアウトドアの技術も学んでいきます。

冬なのでヨットでの帆走はできませんが、スケートをしたり、ソリに帆をつけて走らせたりと、楽しいことはたくさんあります。

そうして、究極の目的となったのが、凍結した湖でその北極をめざす冒険です。ところが、吹雪が姉弟を襲い……ここでもはらはらドキドキの波乱や冒険に満ちた世界が展開していきます。

『オオバンクラブの無法者』 岩田欣三訳 (Coot Club)

第四作の『長い冬休み』に登場したドロシアとディックが春休みに遭遇した、広い海や湖とはひと味違う、川や運河におけるヨットの航海と無法者とのトラブルをめぐる冒険の物語です。

舞台はこれまでの英国中部の西にある湖水地方から離れた、イングランド東部のノーフォーク・ブローズという湖沼地方。自然豊かな土地で、川や運河が縦横に走っています。

ちなみに、英国にかぎらず欧州では、船で航行可能な大河が多く、それらをつなぐ小さな川や運河が道路網のように張り巡らされているため、自分で船を操りながら各地をめぐるスタイルの旅も盛んに行われています。ロックと呼ばれる水門を利用して山を越える(!)ことも可能です。

この湖沼地方にはオオバンという、全身が黒くて額とくちばしだけが白い鳥の生息地があり、それを見守っている少年トムと、それに脅威をもたらすモーターボートとのトラブルにドロシアとディックも巻きこまれ、追いつ追われつのスリリングな物語が繰り広げられます。

ランサム・サーガ十二作のうちで、小説として最もスキのない、完成度の高い作品です。

※ オオバンは、日本でも、川や池で見ることができます(地域によって一年中いる留鳥だったり、冬にだけ飛来する渡り鳥だったりします)。
※ この作品だけ、ランサム全集(オオバンクラブの無法者)と岩波少年文庫(オオバンクラブ物語)で邦訳のタイトルが異なっています。

『ツバメ号の伝書バト』 神宮輝夫訳 (Pigeon Post)

ウォーカー家の子供達ジョン、スーザン、ティティ、ロジャとアマゾン号の海賊姉妹ナンシーとペギー、都会っ子のドロシアとディックの姉弟がキャンプをしながら金探しをする物語。

フリント船長こと、ナンシーとペギー姉妹のジムおじさんが海外での金鉱探しに失敗して帰国することを知った子供達は、おじさんを元気づけようと鉱山師になり探鉱することに。

ゴールドラッシュという言葉が示すように、金は人の心をとりこにする怪しい魅力を持っている――というわけで、この金探しでは、ライバルとなるつぶれソフトの男の影など、緊張感のある大人との関係がクローズアップされます。

これは、前作のオオバンクラブの無法者から続く流れですね。

金探しの他にも、水脈うらないや、本のタイトルにある伝書鳩を利用した通信など、興味ぶかい話が数多く盛り込これていますが、最大のハイライトは鉱山での落盤事故です。

なんと、子供達がそれに巻きこまれてしまい、シリーズ最大の危機を迎えます。

※ 岩波少年文庫のランサム・サーガではすべて神宮輝夫訳で統一されていますが、リストに掲載した訳者はアーサー・ランサム全集発行時のものです。

長くなりましたので、ランサム・サーガの残り六作は、また次回に。