スティーヴンソンの欧州カヌー紀行 (46)

プレシーと人形芝居

プレシーには夕方に着いた。このあたりの平原にはポプラが生い茂っていた。オアーズ川は夕日をあびて輝き、大きなカーブを描いて丘陵地帯のふもとを流れている。薄い霧がかかりはじめ、距離の検討がつきにくくなった。川沿いの牧草地のどこかから聞こえてくる羊の鈴の音と、丘を下っている長い道を進む一台の荷車のきしむ音の他には、何も聞こえてこない。庭に囲まれた館や通り沿いの店はすべて、前日に見捨てられたばかりのように思えた。静かな森の中にいるときのように、あまり音をたてずに歩かなければという気がしてきたほどだ。ところが、角を曲がると、いきなり芝生に囲まれた教会でクロッケーをしているパリジャン風の恰好をした娘たちに出くわした。娘たちの笑い声やボールとスティックの当たる乾いた音が、近隣に陽気に響いている。コルセットをつけリボンで飾ったスリムな娘たちを見てしまうと、ぼくらの心も揺り動かされた。パリの香りのするところまで来たという感じがした。プレシーが旅行先のおとぎの国ではなく、現実に生活の場所であることを示すように、ぼくらと同類の、クロッケーをしている人々がそこにいた。正直に言うと、農家の婦人たちは女として勘定に入れにくいし、そういう婦人たちが下着姿で畑を耕していたり料理をしている様子をずっと見てきたものだから、ちゃんとした服装でクロッケーをしている集団は異質で、のどかな風景から浮き上がっている感じがして、ぼくらもすぐにおばかな男子に戻ってしまった。

プレシーの宿屋はフランスで最悪のものだった。スコットランドでも、こんなひどい料理は食べたことがない。どちらもまだ十代のような兄妹がやっていた。妹の方が食事らしきものを作り、どこかで酒を飲んでいたらしい兄が、これもほろ酔いの肉屋を連れて入ってきて、ぼくらが食事をする間の相手をしてくれた。サラダには生ぬるい豚肉が入っていたし、シチューには正体不明の、形が変わる妙なものが浮いていた。肉屋はパリの生活はよく知っていると言っていたが、その話でぼくらを楽しませてくれた。その間、兄の方はビリヤード台の端に座って、不安定に倒れそうになったりしながら葉巻の残りをちびちび吸っている。そうやってわいわいやっている最中に、ドンという太鼓の音が家の前で鳴り、誰かのしわがれ声が何かの口上を述べはじめた。人形芝居の男が、その晩の出し物をふれまわっているのだった。

少女たちがクロッケーをやっていた芝生とは別のところにある、フランスでよく見かける市場用の壁のない屋根だけの小屋に舞台がしつらえてあり、ろうそくがともっていた。ぼくらがそこまで歩いていくと、興行主たちは客を迎える準備にかかっていた。

その場所では、なんともバカらしい問題が起きてしまった。興行側では一定数のベンチを並べていて、それに座った人は観劇料として二スー*1を支払うことになっていた。すぐに満席になり──とにかく人が多い──前には進めなくなる。興行主の女房が集金に出てくると、タンバリンの音が聞こえたとたん、客は座席から立ち上がり、ポケットに手を突っこんだまま素知らぬ顔で外に出てしまう。こんなことをされたら天使だって怒るだろう。興行主が舞台の上からどなった。俺はフランス全土をくまなくまわってきたが、どこでだって、そう「ドイツとの国境に近いところでだって」こんなひどい真似をする連中には出くわしたことがない、と。そうして彼は、この泥棒め、詐欺師め、悪党めと叫んだ! 集金にまわった女房も甲高い声で口論に応戦した。他の場所でも同じだったが、相手を侮辱する語彙が女にはどれほど豊富で、とんでもない毒舌を吐けるものかということを、ぼくはここでも述べておきたい。客たちは興行主の熱弁には愉快そうに笑っていたが、女の痛烈な攻撃に対してはむっとして叫び返した。男連中の痛いところをついたのだ。彼女にかかれば村の評判もかたなしだ。彼女に反論する連中の声が聞こえてはくるものの、すぐさま倍返しされていた。ぼくのそばにいた二人の老婦人はお金を払って着席していたのだが、顔を真っ赤にして憤慨し、こうした興行の下品な振る舞いについて、わざと聞こえるように声高に話しはじめた。すると、それを耳にした興行主の女房はその老婦人たちのところまでさっと下りてきて、お上品な奥様方から、この地元の人たちにもっと正直に行動するよう説得していただければ、あたしら芝居小屋の者も、もっとお上品にふるまえるんですけど、と述べた。老婦人たちはたぶんその晩は腹いっぱいの食事をしワインも飲んでいただろうし、芝居小屋の連中だって食事は好きだし、わずかな儲けをみすみす目の前で盗まれるようなことをさせるつもりはなかった。というわけで、興行主と若い観客との間でつかみあいの喧嘩になり、興行主は人形劇で人形が投げ飛ばされるように簡単に突き飛ばされ、どっと冷笑をあびた。


脚注
*1: スーはフランス革命前の貨幣の単位(補助通貨)で、2スーは10サンチーム(1フランの10分の1)に等しい。なお現在、フランは欧州連合の成立にともないユーロに移行している。