米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著
夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第120回)
オビドールのカフェ
一九〇四年の市区改正で、なんでもかんでもパリ式に道を広くしろ、家を高くしろ、やれ古くさい神秘的な歴史や伝説の跡はさっさと打ち壊して、劇場や舞踏場をおっ建てろ、やれ時代遅れのハンサム*や、旧式な四輪車はどこかにうっちゃって、便利な自動車と黒塗りで華やかな軽車にしろなどと息巻いた不風流なリオ人士のうちにも、相当に話せる非現世的の男がないでもなかった。交通機関としてなおいまだハンサムや、ランドウ**やオムニバス***などの古物の存在を寛容しているロンドンの古典的(クラシカル)趣味を、よく咀嚼(そしゃく)せる男もないではなかった。
* ハンサム (hansom):一頭立ての二輪馬車。ミステリーの名探偵シャーロック・ホームズが愛用したことでも知られる。
** ランドウ (landau):四輪馬車。
*** オムニバス (omnibus):乗合馬車。現在のバス (bus)はこれに由来する。 続きを読む