現代語訳『海のロマンス』28:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第28回)


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有人情と非人情

ふっくらとして、風の音をさまざまに響かせ、なんとも心をなごませる、美しい湾曲率(カーバチュア)を持つ薄鼠(うすねずみ)色の三十二枚の大きい小さい四角三角、もろものの帆がいきなり練習船の空から消え去ったときの心持ちは、なかなか簡単には言い表せない。

今日まで狭く限られて見えた青い空が、今や何の遠慮もなくドーム形に重く頭上におおいかぶさり、大きな青い眼にヤッと睨(にら)まれたように感じた。今までにぎやかに帆や索具(ギア)に飾られていた黄色いマストは、青い蒼空(そら)に向かって心細く細り、一時にありとあらゆる葉を振るい落とした冬枯れの銀杏(いちょう)のように、寒いという感じをしみじみと味わわせる。

愛宕山(あたごやま)の石階(きざはし)のような険(けわ)しい鉄バシゴを降りて、蒸籠(せいろ)の底を渡るように、鉄棒を編んだ床を踏み、地獄の底のような機関室(エンジンルーム)を訪問する。汗と脂(あぶら)で菜っ葉服(なっぱふく)をぐっしょり濡らした機関士がセッセと気圧計(プレッシュアゲイジ)を測り、シャフトの回転度数を計算している。ピストンロッドの直線運動(ライナーモーション)、がっつりシャフトを包み込んだ連接棒(コネクティングロッド)の単弦運動(シンプルハーモニックモーション)、バルブギアの偏心作用(エキセントリックモーション)、すべての方向と、すべての性質と、すべての目的と、すべての効果とを有する地球上のすべての運動が、このせまい脂くさい暑苦しい一室に集められたかと思うほど、目まぐるしく、しかし音もなく滑り動く様子は、天下の奇観である。

自分──この古くさい前世紀の遺物と思われる帆前船(ほまえせん)に乗っている自分──は、文明の刺激とか圧迫というものが恐ろしく、嫌いである。しかし、こうやってフラフラと上甲板から五十尺下のエンジンルームにやってきた自分を自ら見出したときには、気まぐれなそのムードを詮索する暇もなく、なぜかある自覚が胸に湧いた。馬の尿(いばり)が俳趣ありとみられ、牛の尿がのどかなる古都の春を叙する詩材となるというのであれば、せわしく、せちがらく動く現代文明の権化の中から、ゆったりした平安(のどか)な、人事を超越した思情(しじょう)や情緒などが浮かんできたとしても、さほど突飛ではないと思う。なんとなく見ている目に、耳に、胸に、調和した平滑で新鮮な感じを与えられたようで、喜び勇んでボイラールームに向かう。

ガチャンと地獄の窯(かま)の蓋(ふた)を開くように、扉(ドア)をはね上げたとたんに、サーッと蒸し暑いほこりが横ざまになびいて、眼といわず鼻といわず、口や耳の区別なく、あらゆる顔面上の出入り口を封鎖して、顔が熱風に包まれたような気がする。見よ、今や煌々(こうこうと)と燃えるような火の光に射られ、赤鬼のように彩られた顔をもたげ、まさにショベルをふるわんとする一火夫(かふ)のその姿勢! その筋肉美!

ここにも男性美、奮闘し精力の限りをつくしている姿を目撃し、狐にだまされたようにポカンとしてデッキに出ると、ロッキーおろしの涼風が面(おもて)をなでて、大成丸はすまして脇目もふらず波を切って進んでいる。

館山(たてやま)を出発し、波を友とし、雲を仲間としてから、ここまでちょうど四十五日、またもや、ちょっと変わった娑婆(しゃば)くさい風に吹かれる運命(さだめ)となった。

その四十五日間の波の上の生活(ライフ)! すべての人は異なっている。すべての顔と、異なっているすべての性格と、異なっているすべての経歴とを有するごとく、異なれるすべての生活の意義と状態とを有しなければならない。しかしそれは、毎日、真水で入浴でき、料理屋に行って食事ができ、新聞という文明の利器によって座(い)ながらにして天下の大事を知りうる陸上(おか)の人の間にのみ用いられる約束である。解決である。

地獄の沙汰(さた)も金次第とは、今までどこに行っても通用した権威(オーソリティ)を持っていると思ったが、それは大間違いであった。ここに一つ銀(しろがね)のネコをもてあました西行(さいぎょう)のような一民族が水の上に暮らしている。この百二十五名の人々は、それぞれ異なる運命と、使命と、心性とをもって、十把(じっぱ)ひとからげに積みこまれた。一個の口をきく貨物(カーゴ―)としていったん積みこまれた以上は、いくら泣いても追いつかない。

海上の大成丸という、絆(きずな)、人情、義理、社交など一切(いっさい)娑婆(しゃば)との交際(いきさつ)を断絶した一つの大きな円に内接して──しかし、自分は運命論者ではない、隠棲(いんせい)論者でもなく、議論はきらいで、しごく内気なおとなしい質(たち)である──百二十五もの多くの人間の小さな円が互いに切りあって抱き合って、しかも合理的(ラショナル)に、共同的に、非個人的に、グルングルンと同一速度で、同一方向に回転している。

金のないものもあるものも、ヘラクレスのような屈強な男も小男も、天才も凡庸(ぼんよう)も、みな同じ供給と待遇とを受ける。すこぶる公平である。同じ扱いを受け平等である。客観的である。非人情である。抜け駆けの功名はしたくても海を相手ではたかが知れている。のれんに腕押しである。勢い、共同的、普遍的、客観的、十把(じっぱ)ひとからげ的になる。勢い、のんきに、無競争に、無刺激に、無敵がいに、非人情になる。ありがたい。

しかし、ようやく人くさい匂いや、娑婆(しゃば)くさい匂いがしだすと、もう駄目だ。たちまちムラムラと謀反(むほん)気が起こる。野心が起こる。競争が起こる。大伴黒主(おおとものくろぬし)的になる。佐々木高綱(ささきたかつな)式になる。なまいきに言えば主観的になる。有人情になる。百二十五の小さい因果円は自らその連鎖をほどいて、てんで勝手に気ままな方向に運動しはじめる。やがては大成丸という大きな外接円を突き破ろう、はね切ろうと飛び上がる。いよいよ船が港に着いたときは、きわめて主観的になる。きわめて人間くさい「有人情」になる。大接円のタガがハチ裂けるのはこのときである。

百二十五もの多くの小さな円は、これ幸いとばかり、どっと主観的に、有人情に、みなそれぞれに、いろいろの方向に飛び去る。どこへ行くかわからない。自分もまたこの飛び上がったアメーバーの一小円である。サンディエゴ停泊中は、いきおい主観的にならざるをえない。

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現代語訳『海のロマンス』24:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第24回)


小さきホーム

 四時間の当直勤務をすませた三十人の海賊王の子供たち(シーキングス・チャイルド)は、冷たくなった足を暖めようと期待して小さな寝床へ向かう。

寝床の数は八つ。涼しげな水色のカーテンが引かれた奥に、静かに並んでいる。鈍く光るハンドルを押して入れば、四面を磨いたような白い塗装に反射した海洋(うみ)の光線(ひ)は直ちに瞳に迫ってまぶしいかとばかり視神経を驚かす。拭き清められた二つの舷窓(スカッツル)からあふれ入る海軟風(シーブリーズ)は、芳醇(ほうじゅん)なオゾンの清冽なエキスを五百三十二立方フィートの小さなホームにみなぎらせる。

朝の八時である。ローヤル*1を揚げ、ジブ*2を下ろし、あふれ出るエネルギーにまかせて一気呵成(いっきかせい)に甲板洗いまでこなし、ヘトヘトになった身体(からだ)で、やけにふくよかで暖かい毛布の上に倒れこむ。碧波(なみ)が目もさめるほど窓外にどこまでもつらなっていて、気も遠くなるほどはるかかなたの霞(かす)み匂うあたりまで続き、わずかに一本の髪の毛のような細い水平線(ホライズン)となっている。張り詰めた強弓(ごうきゅう)の弦(つる)のように舷窓(スカッツル)の中央を芋刺しに貫く直線(ライン)は、空の白と濃い青緑色の海をクッキリと二つに断ち切っている。つかのまの休息をむさぼりたい身には、頭をめぐらすことさえ億劫だ。できるだけ瞳孔(ひとみ)を左に寄せて、美しいマドンナの額像を瞳に収める。

ほっと一息ついて一歩部屋に入るときにあざやかに目に飛び込んでくるのが、この清楚(せいそ)なマドンナの像である。ここからこうやって斜めに眺めていると、また別な風な美しさが感じられる。聡明なる額(ひたい)と美しい髪とは、開(ひら)いている舷窓(まど)の縁(へり)に生じる暗い陰影(かげ)の中にうずもれて暗く感じられるが、その慈愛を示す豊頬(ほうきょう)と強い意志を示す引き締まった口とは、さわやかな夏の朝(あした)の光線(ひかり)が穏やかにさし入っている中でも、いとも気高く見える。

クレオパトラの鼻はアントニウス*3を迷わし、アウグストゥス*4をもてあそぼうとした卓絶した武器と聞く。たしかに鼻は──すぐれたる鼻は多くの顔面美の要素を総合し結びつける要(かなめ)の存在である。寝床からはその高尚なローマ風の鼻が横向きに見える。いたずらに鋭くはなく、といって軽薄でもなく、遅鈍(ぐどん)にならない程度に丸みを失っている。なるほど、鼻は美人を支配す、である。まことにいい形である、いい線美(ライン)であると一人で悦にいっていると、けたたましい靴音が上甲板に乱れて、「カッパ、用意」という声が響いた。つづいて「ローヤル、ハリヤード、スタンバイ」*5という士官の号令が聞こえる。スコールが来たらしい。

互いに相手の心を読もうとするように、八つの眼が空中にかち合って激しく火花を散らす。すわっという間に元の静寂(しずけさ)にもどる。あぶない。甲の二つの目が「やっちょるな」とばかりに会心の笑みをひらめかす。ただちに乙が「うん」と受ける。丙(へい)と丁(てい)の目には「気の毒に……」という憐憫(あわれみ)の色がほの見える。四人は再び目をそらしてマドンナを見る。相変(あいか)わらず入口を見つめたまま、気高い尊い表情を示している。横になっている四人の者が起き上がって部屋を出ても、ローヤルは降りても、船がサンディエゴに着いても、四人の者が口髭(くちひげ)をはやして大層な月給をもらうようになっても、依然として気高く尊く入口を見つめていることだろう。

甲が会心の笑みをもらしたからといって、丙と丁とが憐憫(れんびん)の光を見せたからといって、マドンナの像を奥ゆかしく思って眺めていたとしても、この八フィート立法の狭い空間で何かを刷新する運動でも起こそうというのではない。一室八人、十六のホームをして各自、自分のことは自分でするという自治の精神を会得せしめ、自分らの部屋や自分らの受持区域(パート)は自分らで治め、自分らで営み、決して他の部員に笑われないようにせよという一等運転士(チーフオフィサー)の方針は、すこぶる賢い方法である。

かくて十六の小さい自治の王国や侯領(こうりょう)がおのおの研鑽し錬磨して、やがて三十人の四分舷直(コーターワッチ)はその面目を発揮し、六十人の左右の両舷ただちにその出色をほしいままにし、百二十五のミカドの練習生はサクソンやゲルマンの船員たちと舷(げん)を並べマストを連ねてもあえて遜色のない水準に達することができる。何の肩書も特権もない外交官として、任命書を持たない使者として、強くたくましい平和の戦士として、千里の外に国民が広がっていく先駆となすことができる。



脚注
*1: ローヤル - 帆船で微風のときにマストの最上部に展開する横帆(ロイヤル・セイル)。


*2: ジブ - マストの前に展開する縦帆。

*3: アントニウス - 共和制ローマの政治家マルクス・アントニウス(紀元前83年~紀元前30年)。
エジプトのプトレマイオス朝最後の女王クレオパトラと昵懇(じっこん)だったとされるシーザー(カエサル)の部下で、その死後は第二回三頭政治を行った三頭の一人となった。シーザーの死後、クレオパトラと親密な関係になり、最後にはライバルのアウグストゥスに滅ぼされた。

*4: アウグストゥス -シーザー(カエサル)の姪の息子で、第二回三頭政治の三頭の一人。
後にローマ帝国の初代皇帝(紀元前63年~紀元14年)。

*5: ローヤル、ハリヤード、スタンバイ - ローヤルは微風用なので、風が強くなると下ろすことになる。ハリヤードは帆を上げ下げするロープで、「ローヤル、ハリヤード、スタンバイ」は「ロイヤル・セイルを下ろすため、担当者はハリヤードを持って待機せよ」という意味になる。

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現代語訳『海のロマンス』22:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第22回)


無線電信

どこか天空から断続的にぶきみな音が聞こえてくる。薄い鼓膜に耳に残る波調(リズム)を与え、非音楽的な共鳴を起こさせる間隔をとって、細かくきざんだツゲのクシの目を逆なでしたような音がしたと思うと、ピカピカッピカピカッと長短(ちょうたん)相連続(あいれんぞく)する青い閃光(せんこう)が後檣(ミズンマスト)の空を激しく彩(いろど)った。

午後八時から初夜当直(ファーストワッチ)に立っている三十人六十の眼(まなこ)は一斉に、百メートル四方の闇の空に飛ぶ。波は平らで雲もない穏やかな夜である。空中にある電気のエーテルの弾力性(エラスティシティ)は最もよく安定しているだろう*1。無線電信にはもってこいの夜だと言わねばならぬ。青い閃光はくだけて夏の空に散りばめられた星になったかと思うほどに飛散して光っている。その闇の空に向けられた人々の眼(め)には、欣喜(よろこび)の色があふれている。

母国での最も荘重なる、最も偉大なる、最もめざましいできごとを見ることができないのは遺憾(いかん)の極みである。せめては一瞬も早く事の成り行きを知りたいというのが、四千海里離れた船上にいる二百人の日本臣民の悲しき衷情(ちゅうじょう)である。無線電信は二十日ぶりに八百海里をへだてたサンフランシスコの領事のもとに打たれたのであった。年号が大正となったと、誰やらがしたり顔で噂をしている。大正は大成に通じるという喜びもある。

しかし、住みにくい世の中をのがれ、誘惑の多い刺激と色彩の追っ手の眼をくらますには、船に乗って悠々と大海原に浮かび出るにかぎる。霞(かすみ)を食らい露(つゆ)を飲まずともすむわけである。盛者必滅(せいじゃひつめつ)色即是空(しきそくぜくう)と観(かん)ぜなくてすむわけである*2

そういう者には、無線電信はいらぬおせっかいである。呪詛(じゅそ)すべき仇敵(きゅうてき)である。憎むべき外道(げどう)である。マルコーニはデビルに相当することになる*3。陸上(おか)から二千海里の沖に出たときにはじめて、世間のしがらみのない別世界にたどり着くわけで、そうなると、自(おの)ずから微笑が浮かんでくるだろう。すべての人間社会の権威や約束や情実などとは関係のない大自然の懐(ふところ)に入るのだ。一生涯このような境地にあるのは無理だとしても、一月(ひとつき)でもよろしい。一日でもよろしい。永劫より永劫に続く、時の流れの一瞬をつかみ、ごく短い間でも心の落ち着きを勝ち得たならば、その分だけ陸上(おか)の煩瑣(はんさ)な生活に比べて幸福だろう。

昔、陸上(おか)に住む人間がこう言った。周囲の海は清く、天下泰平(てんかたいへい)である。しごく平穏なので、吾、これから酒を飲もう、と。いかにものんきそうである。いかにも虚心坦懐(きょしんたんかい)のようである。しかし、その次に、たちまち酔って下手な踊りを踊る、ときた。これだからウンザリする。いくら酔ったって、いくら太平だったって、下手な踊りでは何の役にも立たない。祈祷(いのり)の席で、あくびをしたよりもひどい。船の上ではいくら踊りを踊っても、人としての情などない海を相手では、手ごたえがなかろう。無線電信で耳元で青い火を出してジッジッと来るまでは、吾、まさに酔わんとす、である。海という詩境に逍遥(しょうよう)することができる。すべての煩悩(ぼんのう)や絆(きずな)から解脱(げだつ)することができる。何を好き好んで利害の風に吹かれたいのだろう。何のために浮世(うきよ)の音をききたがるのだろう。……と、ふいに自分は大成丸の船上にいる一人であって、船はすでに一時間五マイルの速力で無線電信の有効距離圏に入っているのだと悟ったとき、いくらもがいても駄目(だめ)だと思った。

だからサンディエゴを出帆して再び海に出るまでは、この世間と没交渉の別世界については、当分見合わせとする。そのサンディエゴには、手紙というすこぶるつきの人間世界のしがらみの束が届いているに違いない。ヤレヤレ。


脚注
*1: エーテルの弾力性 - かつてアインシュタインの特殊相対性原理や光量子仮説が登場するまで、エーテルは「宇宙に満ちている物質」で、光の波動説では「光を伝えるもの」とされていた。
今の知識では意味不明に思われるが、ここでは無線電信の電波の伝搬状態がよいことを述べている。


*2: 盛者必衰、色即是空 - 前者は平家物語でよく知られているが仏教の無常観に由来し、後者も仏教の般若心経に出てくる言葉で、いずれも世の中が無常であることや万物は空であるといった趣旨。


*3: マルコーニ -グリエルモ・マルコーニ(1874年~1937)はイタリア出身の発明家で、無線電信の発展に貢献したとしてノーベル物理学賞を受賞している。
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現代語訳『海のロマンス』17:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第17回)


霧中号角

(むちゅうごうかく)*1

ごうごうという風の叫び声とともに、冷たい白い細霧(さいむ)がマクベスの妖婆の配下にある千万のガマの醜い口から、一斉に吐き出される怨霊(おんりょう)の吐息のように流れ込む。

この細霧(さいむ)たるや、かの赤人(あかひと)のほのぼのと明石の浦の……*2とうたったような、なまやさしいものではない。絵のような詩のような奈良の古都を、いやが上にも古く、いやが上にも詩的に純粋にする初夏の朝霧のそれのようなクラシカルなものでもない。かつてはスペインの無敵艦隊(インビンシビルアルマダ)を漂泊させ、近くは上村将軍*3をして男泣きに泣かせた、海上の腹黒者(はらぐろもの)である。横着な魔物(まもの)である。だから「瓦斯(ガス)」という名称は、船乗りの身に、いかにも毒々しい険悪な律動(リズム)を与える。

ブレイスといわずリギンといわず、マスト、ヤードの別なく*4、この毒ガスがふれるところは、たちまち冷たい針のような細雨(さいう)となって、てきめんに化学反応が生じる。横柄(おうへい)づくで、いやがっていたのに無残にもこの軽い白いふわふわした妖怪に姿を変えられた水は、あわれなものである。雌牛に変えられてただモーと鳴くよう命じられたギリシャ神話の王女アイオのようなものである。

一日に千里を走る台風という大きな翼に駆られ、泣きながら休息(やすみ)もせずドンドンと飛ばされる霧は、涙の雨をそそぐべき格好のところをさがす。この小さな無数の妖鬼(ようき)の行く手にあたるものこそ災難だ。大成丸は運悪くも、この貧乏くじを引いたわけである。

とてつもない大量の「ガス」の恨みが凝縮し、リギンやマストやヤードなどからしたたり落ちる細雨となって、いままで踏み心地のよかった乾いた甲板を冷たくヌラヌラと潤しはじめると、ここに残酷なうら悲しい光景が繰り広げられる。油臭い重い雨合羽(あまがっぱ)が必要となり、長靴(シーブーツ)が引き出される。人々の眉の間には深い谷ができて、のろまで間が抜けた調子の、のんだくれた雄牛の鳴き声のようなフォグホーンが、一分間ずつ、ひっきりなしに鳴らされる。どうしても、ワーズワースの哀詩の題材になってしまう。

また、このときの天気は思い切って人を馬鹿にしたもので、船のブルワーク(舷墻)から外は黒白(あやめ)もわからない霧の海であるが、肝心かなめの太陽様(おてんとうさま)は、十中の八、九はにこやかにマストの頂(てっぺん)で、いつものように光り輝く笑顔を見せている。「雨のふる日は天気がわるい」という俗謡(うた)は、船の中では通用しないことになる。つまり、太陽が見えているのに時ならぬ雨、しかもリギンか降り注ぐ雨という、なんとも奇妙な天気といわなければならない。要するに、北太平洋では妖霧(きり)は立体的ではなく平面的に、ニューヨーク式にではなく東京式に、横に長く広がっていくようだ。

衝突予防法の第十五条第三項に「帆船の航行中は最大一分間の間隔で、右舷開きならば一声を、左舷開きならば二声を連吹(れんすい)し……」*5とあるのは、つまり霧中号角(フォグホーン)についての規定の一節である。薄暗くなったなかを白く軽い霧が蛇のようにもつれて波の上を這い、水平線がはっきりみえなくなると、たちまちボーボーという、色彩も階調も配列もない大陸的なノッペラボーな饗音が見張りの手によって絶え間なく鳴らされる。

フォグホーンという名称は、かつてアリアン民族がまだ定住せず移動して生活し、互いに攻略しあっていた野人時代に、信号用として、または礼節用として用いられた角笛に始まったとか、その後、それが陸上から海上へ、礼節用から警戒用にと変転したもので、昔はさほど無愛嬌な響きを放たなかったらしい。この伝説に加えて三千年後の今日まで帆船に用いられているということを考えあわせると、美しく飾られた高野の山駕籠(やまかご)くらいにはたとえることができるかと思う。

奈良の霧は絵のような都を美化する要因(ファクター)で、テムズ河の霧は沈鬱(グルーミー)な川面の色彩を多少ともやわらげて、その露骨な幾何学的な自然を絵画的に純粋にする効果を持っているとすれば、この場合の妖霧烟雨(ようむえんう)は審美学の第三則として昔の角笛の神秘的な音を悪く誇張し、品位を落として俗化し、このような調和のない、むしろ静寂をぶち壊すような野蛮な音に変えたもので、美化とは反対の効果(エフェクト)を表すものとみてよかろう。

されば、フォグホーンはわれら海上のコスモポリタンが、空中の奇怪な野武士にむかって発する宣戦布告のラッパであるといえよう。「ね、君、ここからこうやって距離をおいて聞いていると、あんな雑音でもちょっと余裕があって、これに銀の鈴の音と牧歌的な奥ゆかしさが加わったなら、たしかにアルプスのカルパチア地方あたりの牧場をイメージできるようだね」と賛美した気まぐれ者があったにしても、だ。まあ、人によっては案外に音楽的に聞こえるかもしれない。ただし、カルパチア地方云々(うんぬん)は保証の限りでない。


脚注
*1: 霧中号角 - 霧にまかれたときに「ふいご」を使って警戒信号の音声を発する装置。霧笛やフォグホーンと同義。現代のフォグホーンは電気やガスなどを用いて音を出す。


*2: かの赤人の - 「ほのぼのと あかしの浦の朝霧に 島がくれゆく 舟をしぞ思ふ」は、古今集に収録された読み人知らずの和歌。
山部赤人の作ではないので、「かの赤人の~」は、作者の思い違いか。


*3: 上村将軍 - 日本帝国海軍の海軍大将・上村彦之丞(かみむらひこのじょう)のこと。
日本海におけるロシアとの海戦で、濃霧などのために失態をおかして国民の非難をあびたりしたものの、その後の戦いで沈没した敵艦の兵士を救助したことから、日本の武士道を世界に示したと称賛され、「上村将軍」という彼をたたえる歌までできた。


*4: ブレイスはヤード(帆桁)をコントロールするロープ、帆桁は帆を張るために帆の上辺につけた棒、リギンは帆船の索具の総称。


*5: 右舷開き - 右舷開きとは、帆走で、右舷から風を受けること。帆は左舷側に張り出す。左舷開きはその逆。
フォグホーンを音響信号として使う場合、現在でも針路を右に転じる場合は一声(一回鳴らす)、左に転汁場合は二声、後進する場合は三声、と指定されている。

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現代語訳『海のロマンス』16:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第16回)


カツオ釣り

和氏(かし)の璧(へき)にもなお一局のこけつあり*1というが、西風神(ゼファー)の寵遇を受けて順風と海流とに乗じ、ひたすらに東へ東へと走れる練習船も、たちまち女神ジュノー*2の妬(ねた)みを受けたのか、二十五日午後から南南西の風が急変して東風となり、みるみる船足は遅くなり、針路を北に向けることを余儀なくされた。東の国に向かう船に、北へ北へ行けとは、すこぶる非人情な要求である。というわけで本船はなるべく行き足が出ないように、なるべく一か所にとどまって、その間に再び例の西風をとらえようと画策した。

このような境地こそ最も表題の事業(カツオ釣り)は成功するというので、漁労長と異名(あだな)をとった水夫長(ボースン)の喜びといったらない。例の見張りがこっそりと、カツオが見えたとの職務以外の報告を水夫長の元にもたらす。やがて、カツオ! カツオ!と告げる声(アラーム)が口より耳へと全船にあまねく伝わる。ちょうど、それが職務遂行中でなかったものなら、それこそ大変、我も我もと太公望を自称する連中が続々と船首楼(フォクスル)に集まってくる。

緑色の碧玉(へきぎょく)を溶いて流したような水から、銀色に光る美しいこまかい物がイナゴのごとくシュシュッと水面をうってはね上がる。イワシである。それっ! 餌が! と大声で甲板上からどなる。晴れた夕映えの光線を受けて、きらきら輝き落ちてくる狐雨(きつねあめ)のごとく水を打つイワシのつぶてのあるところには、プツプツと千万の泡の粒の破(わ)れる音がして、数を知らぬカツオの鋭いすべっこい頭が集まり、ざわざわと水は波紋をなしてさわぎ流れる。きれいであるという優しい審美心と、釣ろうという残酷な功名心とがもつれあって、むらむらと心頭に浮かんでくる。

船に搭載されている竿の中で長く太い竹竿の先に青い糸と角針とをつけた水夫長(ボースン)は、よせくる長波(うねり)の高さに準じ、船体の縦動(ピッチング)に応じて巧妙に長い糸で水の上をなでまわす。晴れ渡った太平洋のはなやかな夏の光線(ひかり)と、心地よくさわやかな海の大気とのため、いやが上にものすごく光る紺碧(こんぺき)の海を通して、藤紫の背と鶯茶(うぐいすちゃ)のヒレをした奴がスウスウと保式水雷(ほしきすいらい)のごとく目にもとまらぬ速さで走り抜ける。見渡せば実(げ)にすばらしい壮観である。船首から覗(のぞ)いた左右両舷の海は果ても知られぬカツオの群集(む)れである。

勇ましく鼻先をそろえて、軽騎兵の密集団体のごとく、勢い込んで真一文字に進んでくる様子、船首線(ステム)でザックと割(さ)かれた波に寄せられて、驚いてサッとばかり水を切るや、チャッと銀色の腹を見せて横ざまに逸(そ)れ走るもの、稲麻(とうま)竹葦(ちくい)*3とはこのことか、あわれ本船はカツオの大軍に取り囲まれたも同然だ。

水夫長(ボースン)はと顧みれば、もう十数尾のはつらつたるものをデッキにと投げ出している。苦しがって尾にヒレに力をこめてわれとデッキに体をうちつけ、生ぐさい血を絞り出す魚を捕らえて、浴場(バス)に放して子供のようにつくづく喜ぶものもある。

「たしか手応えがあったがなあ」というため息の声に振り向くと、一人の学生が竿の先につけた銛(もり)を引き上げている。見れば、なるほど頭から背にかけて真紅の生々しい創傷をもったやつが懲りもせず悠然と泳いでいる。

「さすがは太平洋を横行する魚だけあって鷹揚なものだ」と水夫長(ボースン)はスッカリ感心してしまった。



脚注
*1: 和氏の璧(へき) - 韓非子(かんぴし)に記載された中国・春秋時代の故事から完全な玉(宝石)を指す。「完璧(かんぺき)」という表現の由来となった。ここでは、完全に思わえるものにも欠点はあるという意味で、天候に恵まれた航海で、絶好の天候が乱れてきたことを示すために使われている。


*2: ゼファーとジュノー - いずれもギリシャ神話に登場する神。
ゼファーは西風神で、嵐を呼ぶような強風ではなく、心地よい風を指す。
ジュノーは全能の神ゼウスの妻(ギリシャ語では「ヘラ」)で、結婚や母性、貞節の女神。
6月の花嫁(ジューン・ブライド)の語源は、この女神ジュノーから。


*3: 稲麻(とうま)竹葦(ちくい) - いずれも密集して生える植物であることから、多数が集まっている様子を示す。


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現代語訳『海のロマンス』13:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第13回)


船中の音楽とメス猫

すさみやすい船乗りの心をやわらげるものが音楽であることを知るならば、無骨者が集まった越中島(えっちゅうじま)*1にピアノの音が響き、バイオリンの調べが聞こえるこることが、それほど不思議でないことがわかるだろう。

百二十五名の、生死をいとわない海の児が乗った練習船にも、尺八をはじめとしてマンドリン、ハーモニカ、横笛、バイオリン等の軽便にして雅趣のある楽器がたくさん持ちこまれている。また、日曜や大祭日(たいさいじつ)などの休日には学生用食堂の中央に一台の蓄音器が設置され、午前・午後と交代で非直になった者がニコニコしながらそれを取り巻いて座を占める。人々の顔にはもう予期した笑の色が流れる。やがて「鳩ぽっぽ」「雪やこんこん」の無邪気なものをはじめとして「野崎の連引(つれびき)」「三十三間堂」などの呂昇(ろしょう)*1の肉声に至るまで、それぞれ歓笑のうちに迎えられる。大きな子供等が髭面をくずして納まり返るところは本当に無邪気なものである。

この他に日曜の午後には汁粉(しるこ)の缶詰が開かれ、紅茶が供される。これも航海中に日曜を待ち遠しく思う要素の一つである。

前回の米国西海岸のサン・ペドロへの航海のときには、船には犬とワニと猫と三種の小動物がいて、少なからず船内の空気を華やかにした。ジャックと呼ばれた犬と、小さなワニとは在留日本人の贈り物であった。他の愛玩物たる猫は虎ブチのはいったやつで、愛らしい表情と、すばやい目つきとを持った、二等航海士(セカンド)のお気に入りであったが病気になったため、その後任者として三毛の美しい子猫が二匹やってきた。

誰やらの思いつきでさっそく赤と黄のリボンを首につけたまではよかったが、メス猫だからと頭からしたたかに香水をふりかけたところ、面食らって士官室に飛び込み、悪事たちまち露見して大目玉をくった風流児もあった。かてて加えて、こやつ、女に似合わぬしたたかな悪戯(いたずら)者で、さる人の秘蔵のマンドリンにじゃれて糸をめちゃめちゃにして手ひどいお叱りを受け、それからというものは糸の音には耳を伏せて逃げるのが一愛嬌となった。ときどき船倉(ホールド)の底で二匹が可愛らしい赤い口と口を、小憎らしい口ひげと口ひげとを寄せ合っているのを見うける。

「きっと、われわれの世界は動いてやまずとかなんとか言っているにちがいないぜ、君」
と言って、いあわせた者を笑わせた剽軽(ひょうきん)者もあった。この頃では三毛先生もすっかり船に慣れて、揺れ動く床の上を歩く腰つきも巧みである。

風下当番、舵手、見張り

船は今、右舷後方からの順風を満帆にはらみ、五、六度のこころよい傾斜をなし、軽く紺青の水の上をすべって行く。

風はさそれほど強くはないが、風の神の呼吸が規則正しいことを示すかのように、力ある一定の速力でそよそよと吹いてくる。なんとも穏やかで快適な航海である。こういうときには、風下当番(リーサイド)は少しのんびりした心持ちになる。

暁(あかつき)の海が血潮(ちしお)の色に燃える日も、重みのある黒い帆の影が甲板(デッキ)の上にはっている清い月の夜も、船が水に浮かぶかぎり船橋(ブリッジ)の上には必ず二人の学生の影が見られる。停泊中にあっては「甲板当番(かんぱんとうばん)」と呼ばれ、帆走中にあっては、すなわち「風下当番(リーサイド)」となる。

練習船では第一次の遠洋航海をすませた者を二期生と呼び、新乗船者を一期生と呼ぶが、風下当番は二期生および一期生より一人ずつ一時間交代に選び出されるのだ。「風下の水平線を注視し云々(うんぬん)」という指示がこの名称の由来になっているが、そのほかに晴雨計、乾湿計、海水寒暖計等の記入、時鐘(タイムベル)をたたくことなども、なすべき任務である。

時鐘(タイムベル)については、ここに面白い伝説がある。いつごろの世紀からか帆船の船乗りの間に大晦日(おおみそか)の正午の八点鐘*3を打つ独身者には、パンドラ姫のごとく、うるわしき幸ある花嫁が与えられるだろうとの言い習わしがあった。この民間伝承にあるような雰囲気は二十世紀の練習船の中にもはっきり残っておったものとみえ、サン・ペドロへの航海の際に、南カリフォルニアの近海で迎えた昨年の大晦日には、どちらかといえば敬遠されるこの役目を希望する者が多くて、ついにクジで決めたというほほえましい争いもあった。

世の中がだんだん手軽に、都合よく、科学的になって、野菜畑やビリヤードルームまで備えたオリンピック号やタイタニック号などの巨船が生まれてくるという時代に、蒸気力(スチーム)や水圧力(ハイドロール)すべての機械力を白眼視して、白い帆に黒い風が抱擁されるのを待つ帆船の艤装には、黒船のそれに比べて異なったところがたくさんあるが、舵輪(ホイール)などもその一つである。

練習船の艫(とも)には黒船に見られない樫(かし)またはチーク等の堅材で作った直径八フィート大の舵輪(ホイール)がある。これには二人の大の男が常にとっついている。一人は風上舵手(ウェザーヘルム)で他は風下舵手(リーヘルム)である。風上舵手(ウェザーヘルム)は二期生が担当し、一期性は風下舵手(リーヘルム)となる。やはり一時間交代である。舵能(ステアリング)の会得は多年の経験と、高度な技量とを要するもので、その研究は優に一科目を形成するものであるとは、日本航海界の権威たる松本教授の言であるが、実際にも風速、風位、潮流、波の高低および大小船の喫水等と深い関係がある舵能(ステアリング)の修練はとても困難であり、しかも趣(おもむき)のある問題である。だから、舵手(ヘルム)は常にマストヘッドの風見と航走羅針盤とを眺めて、風の方位と進路の保持に細かく心をくだくのである。

「左舷船首(ポートバウ)二点三マイル*4のところにクジラが見えます」と叫んで叱られた先人の逸話は、いまも見張り当番に立つ者が心ひそかにほほえむ種を作っている。手にメガホンを持って船首楼に立ち、水平線を凝視し、舷灯(ランプ)が見えないか、島影はないかと注視するのが見張りである。

夢よりも淡いサンサルバドルの島を遠く水平線のかなたに見いだしたコロンブスの喜びも、三角波が立ち騒ぐインド洋に船を進めてテーブルマウンテンを近くから仰ぎ見たバスコ・ダ・ガマの喜びも、ともに無名の一見張りの鷹のような鋭い視線によるのである。



脚注
*1: 越中島 - 東京都江東区の地名。ここでは東京商船学校(東京高等商船学校、東京商船大学を経て、現在は東京海洋大学)を指す。


*2: 呂昇 -  当時、人気が高かった女義太夫師の豊竹呂昇(1874年~1930年)のこと。


*3: 八点鐘 - かつて船で時間の経過を知らせるために鐘を鳴らしていたが、最初の三十分経過時に一つ鳴らし、一時間後に二つ、一時間半後に三つと、半時間おきに鐘の数を増やし、四時間経過時に八つ鳴らしたことから八点鐘と呼ばれる。通常、当番は四時間おきなので、当番終了を告げる鐘でもある。


*4: 左舷船首二点三マイル - 二点は、360度方位を32度方位で表したときの方位で、一度が11度15分なので「左舷の船首から22度30分の方位で、距離は三海里」の意味になる。ちなみに、陸上の1マイルは1609m、海での1マイル(海里)は1852m。

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現代語訳『海のロマンス』11:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第11回)


さらば富士山*1

連日の出港延期に、いささか退屈していた乗組員も、いよいよ十八日未明、さすがに懐かしい本土の最後の一角を離れて、左に洲崎(すのさき)、右に大島を望むにいたって、大いに士気を奮い起こした。午前九時、野島の鼻*2を左舷後方六マイルに遠望しつつ、総帆(そうはん)を展開したころの「燃え方」といったら、たいしたものであった。

このとき、わが左舷の後甲板員(こうかんぱんいん)の一人はコールタールを塗ってかたく密封したサイダービンを持ってきた。これは本船が航海中、毎日正午における船の位置を記した紙片を封入したビンを流して、大洋の潮流を測定する、いわゆる「潮流ビン」を模倣したもので、後甲板員(こうかんぱんいん)が徒然なるままに好奇心と面白半分とで製作したのだ。

その中には、次のような文句を書いた無変質紙が入っているはずである。

このビンを拾ってくださった方に、そのご親切に便乗し、お願いがあります。
私どもはこの近海の潮流の速度と方向とを知り、あわせてこのビンがどのような数奇な漂泊をした後に、あなたに拾われたのかを知りたいと思っています。
もし可能であれば、拾った場所と日時を、表記の練習船の寄港地まで、ご一報ください。

部員の一人はビンを投げ込むとき、何かつぶやいていた。いぶかしく思った仲間にたずねられたのだが、そのときの返事がふるっていた。「なに、実はちょっと、いいか潮流ビンよ、できれば、白砂青松の土地で見目麗(みめうるわ)しい乙女の手に拾われてくれ、と言ったまでさ」

心ある人に見せたいのは、このあたりの海から見た富士山である。紺碧の波が連なる水平線のかなたに、夢よりも淡く立っている姿、藍色に光る海の色に照り映えるその桃色の雪の肌、おとなしい内湾曲した弧線(カーブ)が白い空からボンヤリ浮かび出ている様子は、ラファエロの描く精女(ニンフ)の姿にもたとえられようか。乾ききった赤茶色の禿山(はげやま)を始終(しじゅう)見慣れた外国人が遠く船の上から見たとき、感嘆の声を放つのも無理はないと思う。いかにも彼らが「日本のパルナッソス山*3」と褒めるはずである。

白い白浜の灯台も青い野島の鼻もともに青い海の波のかなたに沈み去ったとき、日本に向かっての最後の名残は、この山によって惜しまれるのだ。しかし、それも一瞬の間で、やがて天城(あまぎ)の方から流れ漂っていった意地悪い灰色の雲に包まれた。さらば、わが富士山よ。さらば、わが故国よ、永久(とこしえ)に幸多かれ、わが美しき郷土よ!!


脚注
*1: 富士山 - 原文では、富士山の旧称の芙蓉峰(ふようほう)が用いられている。
*2: 鼻 - 海では、岬など海に突き出た部分を指す。鼻の語源とされる端(はし、はな)から。
「~鼻」という地名は西日本に多いとされる。
*3: パルナッソス山 -ギリシャ神話に登場する標高2457mの山。 ギリシャのあるバルカン半島を東西に分ける脊梁山脈のピンドス山脈の一部。

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現代語訳『海のロマンス』6:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著


夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第6回)


品川を出港した大成丸は横浜で歓迎式典に臨んだ後、東京湾を出たところで六分儀の調整を実施し、房総半島の沖合に錨泊した。


砂とりと水遊び

ボンボヤージの歓声を受け、華やかで華麗に横浜を出た本船が、ここ南総の一角にある鏡ヶ浦に寄港したのは、ただ砂とりという唯一の作業が残っているからだ。

一年二ヶ月の間、訪問する港への出入時はいうまでもなく、その他に毎週土曜日に大掃除を行うのだが、その際の甲板磨きに用いる砂(ホーリーストーン)は内容積が十一トンもある砂庫(しゃこ)を満杯にしていてもなお足りないほどだ*1。無骨で太く日焼けした腕を持つわれわれは、六丁のオールも曲がれとばかりに、深緑色の清波(せいは)の中に突っこみ、北条六軒町の松原を目がけて懸命に漕いだ。

松青く砂白き浜辺にボートを係留し、シャツ一枚の身軽な格好で、さながら幼児の浜遊びよろしく喜々として砂を浜に積みこむ。積みこみ終われば船に帰って砂庫(しゃこ)に運び入れた。汗をふく暇もなく、ボートを洗う。船乗りの生活は忙しくも面白い。

「本日午後五時より、三十分間、総員泳ぎかた、許す」という告示が一等航海士から下った。これが一年二ヶ月の間の泳ぎじまいだとばかりに、どの船室も大喜びだった!

五時の総員整列の合図で、百二十五人のヘラクレスの申し子たる偉丈夫が、ふんどし一つの裸でズラリと並ぶ。やがて、打ち方はじめの号音で、次々にイナゴのように海に飛びこんだ。貨物の積み込み口から跳びこむものもいれば、海面から十メートルほどの高さがある波よけのブルワークから、龍門入りよ、地蔵入りよと、飛びこみの秘術をつくし、また観海流(かんかいりゅう)だ、水府流(すいふりゅう)だと、抜き手の巧みさを競う。

イナゴのごとく飛べば、スイカのごとくに潜る。泳ぎも速いし、水にもぐるのも巧みで、人間の大きさをした鯉が踊っているようで、足の伸び縮みの自在さ、海にいるとは思えないしなやかさで、走っているようだなどと褒めてやるべき熟練者もいる。やがて五時半となり、打ち方やめの号音と共に、一同再び整列し、一等航海士とドクターの点検をうけた。

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訳注
*1: 帆船の甲板は定期的に海水をまいて掃除するが、その際に甲板に砂をまき、椰子の実を半分に切ったものでごしごし磨く。
これをタンツーと呼ぶが、それに使う砂を海岸で確保するため、ボートで房総半島の砂浜に上陸したもの。
作者はこの砂をホーリーストーンと呼んでいるが、一般には、汚れがひどいときに使う砥石状の石をホーリーストーンと呼ぶことが多い。

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