現代語訳『海のロマンス』67:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第67回)

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ケープタウン入港の第一印象

偏差(バリエーション)二十九度西、自差(デビエーション)二度西。羅針盤の針路(コンパスコース)南五十度西、
ライオンズヘッドまでの視距離(ディスタンス)十六海里、テーブルマウンテンまで十六海里、時刻は二月十二日午前十一時半。角距離(アンギュラーディスタンス)、右舷(うげん)船首(バウ)一点より右に約七十度*1。

*1: 偏差: 地球の地軸を基準にした理論上の方位(真方位)と磁石が指す方位(磁針方位)との差。
地域によって大きく異なる場合がある。日本周辺では偏差は一般に一桁だが、極地に近いほどずれは大きくなることがある。
自差: 磁針方位と、船に搭載されている方位磁石(コンパス)の指す方位のずれを指す。
方位磁石は近くにある金属の影響を受けるので、自差は船ごとに異なる。また、同じ船でも向いている方角によってその差は増減する。
ナビゲーションでは、方角ごとの自差を測定した自差修正表を用意しておいて方位の調整を行う。
角距離: 二点間の距離を観測者から見た角度で示したもの。

百十七日と十五時間三分、一万二千七百五十六海里という空前無比の、苦しくも楽しい、長く単調な大航海の後、いよいよ二月十二日午前五時、音に聞こえたテーブルマウンテンがうっすらと紫紺色(しこんいろ)をして夢のように淡く見えたときの感慨は実になんともいえないものがある。

クリーム色の黎明(あかつき)の空から、くっきりと浮き出すように立ちはだかったその紫紺色(しこんいろ)の平たいてっぺん!! エー、くたびれたとばかり、武者震いしながら、ヒューッと無造作に横なぐりになぎ払った、造物主の斧が力強く乳白色の空を流星のように流れたとき、一つの峰は無残にもその肩から上を一直線に断ち切られた。……それがたぶんこのテーブルマウンテンであろう。

見ようによっては、たけだけしい獅子(しし)が伏したまま頭を持ち上げているように見えるライオンズヘッドを前景として、サタンを暗示する鬼ヶ峰(デビルピーク)と、救世主を連想させる十二使徒峰(アポストル)とを左右の両翼として、三千五百フィート(1080m)の空中に偉大なる木槌(きづち)のような頭をそびえかせているテーブルマウンテンは実に深い印象を与える山である。

この尊き偉大なる山を、いたずらに船乗りの方位目標物とするのは失礼である。いたずらにスケッチ上の景勝美の対象物として取り扱うのは気の毒である。少なくともなんらかの哲学的意義と、宗教的崇拝と、理学的帰納とを、この尊くも偉大なる木槌(きづち)のような頭に植えつけなくては申し訳ない。

ぼく自身はこのように崇拝(すうはい)し私淑(ししゅく)しているのだが、それにはまったく頓着しない専任教官は「この山をスケッチしろ」という。命令には従わなければならないので、方位は南6度、距離は十八海里などと書いていると、「やー、妙な鳥が──」と、大きく頓狂な声で注意する男がある。見れば、なるほど妙な鳥が不器用に尻を振りながら海水(みず)の中へついついと潜っている。

太い不細工(ぶさいく)な首と、小さな漆黒(しっこく)の厚い羽翼(はね)とを持った水鳥が、かわいい赤い水かきをお尻の下でひらめかしては、水面をのんびり泳いでいる。見渡すと、暑い夏の光線(ひ)がまぶしくキラキラと海水に輝いて、白い縞(しま)が悪光(わるびか)りする水の面(おも)には、同じような鳥があちらにもこちらにもたくさんいる。「ペンギン」に違いないという者、いや違う、あれは「カモノハシ」だというもの、またもや博学博識を競った連中の議論が甲板(デッキ)に花を咲かせる。

三錨湾(スリーアンカー・ベイ)に近づいたとき、ただでさえ暑苦しい夏の光線(ひ)をもてあそんで、突然に大きな建物の二階からピカリッ、ピカッと、光るものがあった。スコットランド生まれの英語教官の説明で、これは光学式電信機(ヘリグラフ)だとわかったが、「あの建物には俺の友達がいる。したがって、このモールス信号の通信は俺にしているのだ」と推論したのには、さすがの生意気盛りの学生たちも、上には上があるものだと感心しきりだった。

船はようやく近づいて、午後の一時頃からは、ケープタウンの町が見えた。外国の町といえば、昨年、サンピエトロで最初の印象を与えられて以来、いつも判で押したように茶色、とび色、あずき色、橙(だいだい)色、土器(かわらけ)色と刺激的色彩のみが意識の上に残った。ぼくはこういう色は死と衰退と憎悪との連想が見る人の頭脳(あたま)に植えつけられるような気がして嫌いである。わがケープタウンの建築もその色彩の上から見て、この悲しむべき同じ傾向から免れることができないらしく、同じく茶色である。とび色である。土器(かわらけ)色である。死と衰退と憎悪の色である。

なかば石垣を築きかけた防波堤をめぐって港内(なか)に入りかけたとき、英国ユニオン・キャッスル社のバルモーラルという定期汽船(一万三千トン)が出港(で)ていくのに出会った。見ると、防波堤の先端(はし)には、親戚知己(しんせきちき)であろう、ハンカチーフを振りながら別離の涙をぬぐう女、杖やこうもり傘を振る男、いずれも霧の都、灰色の町、ロンドンに帰る者に向かって、六千海里の船路安かれと祈っている者ばかりである。ケープタウン内港は面積六十エーカーのビクトリア錨地(ベイスン)と八エーカーのアルフレッド船渠(ドック)で構成されている。港内(なか)は案外に狭く、五つの桟橋(ジェティ)には、ぎっしりとユニオン・キャッスルのきれいな定期船が舫っている。

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