現代語訳『海のロマンス』64:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第64回)

ケープホーンからケープタウンへ

一、トビウオとボースン鳥とイルカ

世界で最も有名な岬を回航し、「肩の重荷から逃れた船乗り」の欣喜(きんき)と安心と失神とを推察することができるかと思われるほどに、平安にして気高く、力抜けを感じる日が幾日となく続いた。

ケープホーンの寒い風と冷たい雨を遠く南の海に振り捨てて虎口(ここう)を逃れた練習船(ふね)は、うれしそうに身震いしながら一時間に十海里ほどの速力で、追手(おって)のかからぬうちにそれ逃げろやれ逃げろと、ただひたすらに北へ北へと突っ走る。

寒さは皮をはぐように一日ごとに暖かくなる。晴れやかな周囲の状況の展開に応じた、快(こころよ)いのどかな心理の動きである。

こんな風に船が快(こころよ)く走るとき、こんな風に心理が心よく推移するとき、うん、もっともじゃ、もっともじゃ、俺もしごく同感じゃと、その欣喜(きんき)と快(こころよ)い心理とを分かち楽しもうというように、海ではイルカが踊り、トビウオが飛び、空にはボースン鳥(オオグンカンドリ)とアホウドリとケープ・ビジョン(マダラフルマ・カモメ)とが舞っている。

すべてが海洋(うみ)の荘厳美と雄大美と情感美とを飾る好個(こうこ)の書割(かきわり)である。オーシャン・スピリットを象徴する好個(こうこ)の脇役(わきやく)たちである。

イルカはかつてハーシュースの母アイオロスをユーノーの嫉妬(しっと)の手から救ってから、またとないネプチューンの忠僕(ちゅうぼく)となった*1。つるつるとすべっこい鼻頭(はながしら)をうれしそうに青い波間に現わして、ジャブジャブと白い泡をたたせながら一列横隊に梯形(ていけい)をなして突進して来るところは、勇ましいというようり、むしろ自覚せぬ滑稽(こっけい)である。

*1: ローマ神話から。ネプチューンはギリシャ神話のポセイドンに当たる。

トビウオとイルカは、海神ネプチューンが有する性格中のユーモアなる一半面を象徴する海のひょうきん者であると、ぼくは信じている。

ドブンと沈んではひょっこりと青い海の上に現れる。沈むやつに浮き上がるやつ!! 船の上から見ると、実にのどかな眺めである。なんとなくお人よしのバカ息子のような可愛さが感じられる。

このイルカに一段と輪をかけた滑稽(こっけい)なものがトビウオである。海洋に生まれ育ったくせに、空を飛ぼうというのがすでにひょうきん者である。インド洋あたりでは、このひょうきん者が時々、月明かりで南風が吹く良夜に、こっそりと甲板に忍びこんで、流れるような月光の下で、その白い腹を銀色に輝かせて狸(たぬき)寝入りをしている。そこへ来かかったのがあわてものの水夫で、「誰だ? 危ない!! こんなところへ小刀(メス)を捨てているとは?!」などと、一人でぶつぶつ怒りながら、この小刀を拾おうとすると、そのとたん、この狸(たぬき)寝入りの横着者(おうちゃくもの)はキラリと跳(は)ねて、あっとばかり、水夫をして腰を抜かせることも珍しくないという。

アホウドリのことはすでに書いた。

ケープ・ピジョンとは、ケープホーン付近に特有の、ねずみ色の小さい体と、雄勁(ゆうけい)な羽翼(はね)とを持って、カワウソのようにピョンピョンピョンピョンと荒天(しけ)のなかを飛んでくるやつである。ウミツバメ(ストームペトレル)と共に、時化(しけ)の前兆といわれている。

「おい、ちょっと見い。この寒空に絣(かすり)」を着ている鳥がいるぞ!!! ずいぶん物好きなやつだなあ……」と、一人の友に肩をたたかれて振り向くと、暗い空と灰色の海との間を黒白(こくびゃく)の斑点(ぶち)入りの羽(はね)を持った鳥が、喜び飛んでいる。これがボースン鳥である。

なぜボースン鳥というのか? それはわからない。

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