スティーヴン・クレイン著
記者には今はもう兵士がはっきりと見えてきた。足をのばして砂の上に横たわり、じっと動かない。命が消えていくのを阻止しようとでもするかのように、青白い左腕を胸に載せているが、指の間から血が流れ出ていた。はるか遠くアルジェリアの地で、角ばった形をした市街地が、日没まぎわの淡い空を背景に低く見えている。記者はオールを動かしながら、兵士の唇の動きがだんだん遅くなるのを夢を見るように思い浮かべていたが、かつてないほど深く、完璧なまでに兵士の感情を理解できたことに心を動かされた。アルジェで横たわり死にかけている外人部隊の兵士に心からの共感をおぼえた。
ボートを追ってじっと待っていたサメは、なかなか状況が進展しないので明らかに退屈したようだ。海面を切り裂く水音も聞こえなくなったし、夜光虫の長い航跡も消えていた。北方の光はまだかすかに見えていたが、ボートとの距離がせばまっていないのは明白だった。ドーンと岸に打ち寄せる波の音が、ときどき記者の耳に響く。そのたびに、ボートを沖に向けて必死に漕いだ。南の方では、誰かが明らかに浜辺でかがり火を焚いていた。とても低く遠くにあって直接それを目で見ることはできなかったが、その火が岸辺の崖に反射した光の揺らめきで、ボートから見わけることはできた。風が強くなり、ときどき、怒って背を丸めた山猫のように波が盛り上がっては激しく泡だった。
船長は船首にいたが、上体を起こし、水がめに体をもたせかけた。「なんとも長い夜だな」と記者にいい、岸の方に目を向けた。「救援隊は時間がかかってるようだな」
「サメが周囲をうろついているの、見えました?」
「ああ、見た。でかいやつだったな、たしかに」
「船長が目をさましていらっしゃるとわかっていたら――」
それから、記者は舟底に寝ている機関士に声をかけた。
「ビリー!」 ゆっくり動く気配があった。「ビリー、交代してくれるかい」
「了解」と、機関士がいった。
舟底にたっぷりたまった冷たい海水につかって料理長の救命帯に体を寄せると、記者はすぐに歯をガチガチいわせながら眠りに落ちた。この眠りはとても心地よかったので、極度の疲労状態の最終段階といった調子の声で自分の名前を呼ばれたとき、眠っていたのはほんの一瞬だったような気がした。
「よう、代わってくれ」
「わかったよ、ビリー」
北方の光はなぜか消えていたが、すっかり目をさましていた船長が方角を教えてくれた。
その夜遅く、彼らはボートをさらに沖に出し、船長は船尾の料理長に、オール一本でボートをたえず沖に向けておくよう指示した。打ち寄せる波の音が聞こえるほど岸に近づいたら、料理長が大声で知らせることになった。この計画のおかげで機関士と記者は二人そろって少し休憩することができた。「若い連中の体力を回復させてやろうや」と船長がいってくれたので、機関士と記者は舟底で丸くなった。体を振るわせながら言葉を交わしたりもしたが、二人ともやがて死んだように眠りに落ちた。さっきのと同じか別のやつなのかはともかく、またサメが出現したことも知らなかった。
ボートが波を乗りこえるたびに、水しぶきが舷側を超えて流れこみ、そのたびにずぶ濡れになったが、眠りをさますほどではなかった。不気味な風や海水もミイラに対して効果がないように影響はまるでなかった。
「おい」と、料理長が遠慮しいしいいった。「また陸にかなり近づいちまった。どっちか、また漕いで沖出ししてくれないか」 記者は上体を起こし、巻波がくずれ落ちる音を聞いた。
漕いでいると、船長が彼にウイスキーと水をくれたので、寒さを感じなくなった。「もし私が上陸できて、誰かがオールの写真を見せでもしたら――」
やがてまた短い会話がかわされた。
「ビリー、ビリー、交代してくれるかい?」
「わかったよ」と、機関士が答えた。