スティーヴンソンの欧州カヌー紀行 (24)

オリニー・サント・ブノワット

休日

翌日は日曜で、教会の鐘は休む間もなく鳴っていた。僕の知る限り、この土地ほど信心深い人々が好きなときに礼拝式に出かけられる場所は他にない。明るい日射しを受けて鐘の音が陽気に響きわたり、男連中は犬を連れてビート畑や菜種畑での猟に出かけていった。

朝、露天商とその女房が、非常にゆっくりとした悲しい歌「おお、フランス、愛する祖国」を口ずさみながら通りを歩いて行った。すると、だれもが表に出てきた。ぼくらが泊まっている宿屋のおかみさんが男を呼びとめ、その歌が載っている小冊子を買おうとしたが、もう一冊も残っていなかった。その歌に惹かれたのは彼女一人ではなかったのだ。普仏戦争*1の後、ドイツに敗れたフランスの人々がもの悲しい愛国調の歌を好きになったのには、何か痛ましいものが感じられた。フォンテーヌブローの近くで行われた洗礼式で、だれかが「フランスの悲哀」という歌をうたっていたが、そのとき、ぼくはアルザスから来ていた森林労働者を見たことがある。その男はテーブルから立ち上がると、息子を脇へつれていった。そこはぼくの立っているところから近かったのだが、「聞くんだ、よく聞いておくんだぞ」と、彼は息子の肩に手をのせていった。「しっかりおぼえておくんだ」。それから少しして、彼はふいに庭に出て行った。暗闇でその男のすすり泣くのが聞こえた。

敗戦とアルザスやロレーヌ地方を失った屈辱は、この感受性の強い国民には耐えがたいものだった。ドイツに対してというより、国民には、皇帝ナポレオン三世に対する反感の方が根強く残っていた。愛国の歌がうたわれたからといって、いったい他のどの国で、それを聞いた者がみな通りに出てきたりするだろうか? とはいえ、試練は愛を強くするもので、ぼくら英国人もインドを失うまで、自分は英国人であると自覚することはあるまい。アメリカの独立はいまでも、ぼくにとって十字架となっている。嫌悪感を抱かずにジョージ・ワシントンのことを考えることはできないし、星条旗を見ると、ぼくらの帝国がなりえたはずの国家を思い浮かべ、祖国に対する懐旧の情がわき出てくるのだ。

ぼくがその露天商から買い求めた小冊子には、いろんなものが奇妙なくらいごちゃまぜになっていた。パリのミュージックホールの軽薄で下品なナンセンスがあるかと思えば、詩歌という感じではない牧歌的な作品もたくさん載っていて、フランスの下層階級が持っている自立の気概に満ちてもいた。きこりが自分の斧をいかに誇りに思っているかとか、庭師が自分の鋤を少しも恥ずかしいとは思っていないといった内容だ。うまく書けているわけではないが、こうした労働をうたった詩歌は、そこにこめられた感情が表現の弱さや冗長さをおぎなっている。一方、勇ましく愛国心にあふれた作品は涙をそそるものばかりで、どれもこれもめめしかった。ローマ時代のカウディウムの戦いが終わった故事にならい、その詩の作者は名高い古戦場を銃を逆さにして訪れた軍隊について、その勝利ではなく死を悼んで歌っていた。その小冊子には「フランスの徴集兵」と呼ばれる作品もあった。これは文字になったもののうちではとびきりの厭戦歌かもしれない。こんな精神状態では、戦うなんて、とてもできないだろう。こんな歌がいよいよ戦闘だという朝に流たりしたら、どんなに勇敢な徴集兵でも青ざめてしまうし、連隊全体がその調子にあわせて戦闘を放棄してしまうことだろう。

スコットランドの作家で政治家でソルトーンのフレッチャーがその国の歌謡が持つ影響について述べたことが正しければ、フランスはひどいことになってしまったといえるだろう。しかし、物事というのはみずからそれを癒やしていくもので、健全な心を持ち勇気ある国民は、自国の災難について、めそめそ泣いてばかりいることにやがて飽きてしまう。ポール・デルレードがすでに多くの勇ましい軍の詩をいくつか書いている。そこには、トランペットを吹き鳴らし、人の心に訴えるようなものはあまりない。彼の作品は叙情的な高揚感に欠けるし、激しい動きもないが、荘重かつ高潔で、冷静な精神につらぬかれていて、兵士たちを奮い立たせるはずのものだ。デルレードには、どこか、この人は信頼できると思わせるものがある。もし彼の詩が、自分たちの将来を信じることができるほどにフランスの同胞を鼓舞できるのであれば、それはそれで幸せなことではあるだろう。さらにいうと、彼の詩は「フランスの徴集兵」や他の悲哀をかこつだけの作品に対する解毒剤にもなっている。

[脚注]
*1: 普仏戦争(1870年~1871年)- ビスマルク率いるプロシア(現ドイツ)とナポレオン三世のフランスとの戦争。フランスは一方的に敗れ、多額の賠償金を支払うとともにアルザスやロレーヌ地方の大半をドイツに割譲せざるをえなかった。

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