2 実践編 緯度
帆船による大航海時代には、まだ正確な時間を知るクロノメーターがなかったので、航海術の基本は「緯度を知る」ことだった。
まず目的地と同じ緯度まで航海し、その緯度に達してから東または西に向けて航海するわけだ。
これはコロンブスの第一回航海でもそうだった。
情報が多く、よくわかっているアフリカ大陸の沖をカナリア諸島まで南下し、そこから西へと向かうことで、やがてはアジアの果て、つまり中国よりさらに東にある黄金の国に到達すると信じていた。
日本人ではじめてヨットでの単独太平洋横断に成功した堀江青年も、米国西海岸にあるサンフランシスコを念頭において、その緯度を維持しながら東へ東へと向かって計算通りに到達した。
というわけで、緯度を正確に知ることからはじめよう。
2.1 子午線高度緯度法
子午線高度緯度法とは、太陽が真南に来たとき(南中時)に太陽の高さを六分儀で測定し、その値を使って船の現在地の緯度を計算することである。
太陽が南中する時間がわかれば、経度も算出できる。
これは天測の最も基本となる方法で、実践編では、具体的な手順について説明する。
[緯度を求める手順]
1.観測値(測定した高度)に必要な修正を加えて真高度を得る(これを「測高度改正」という)。
両者を区別するため、観測高度をao、真高度をatで表す。
測高度改正では、次の修正を行う。
(1) 器差(インデックスエラー)の改正
(2) 第一改正(眼高と高度の改正値で修正する)
(3) 第二改正(気温と高度の改正値で修正する)
(4) 第三改正(気圧と高度の改正値で修正する)
(5) 第四改正(視半径(太陽の測定では上辺か下辺か)で修正する)
(6) 第五改正(気温と水温の差で修正する)
こうした修正を観測高度 ao に加えると、真高度 at が得られる。
(2)~(6)の改正値は「天測計算表」の最初に記載されているので、そこから該当する数値を拾って順に足すか引いていく。
2.その日の赤緯 d を天測暦で調べる。
(赤緯にはNかSの符号がつけてあるので、それもメモしておく)。
手順の1で真高度(at)、2で赤緯(d)がわかれは、後は単純な足し算引き算になる。
1. 太陽を南に向かって測定した場合、(90-at)の値にNという符号をつける
2. 太陽を北に向かって測定した場合、(90-at)の値にSという符号をつける
● (90-a)とdの符号が同じならば(NとN、SとS)、両方を足してその符号をつける。
● (90-a)とdの符号が異なる場合(NとS、SとN)、値の大きいほうから小さい方を引いて、大きい方の符号をつける
これで、緯度が求められる。
以下、簡単に補足しよう。
六分儀について
まず六分儀を使って観測するわけだが、六分儀の操作自体は、実物を手にして実地で練習すれば、すぐに覚えられる。
ごく普通の運動神経と視力があれば半日で十分だ。
とはいえ、より正確な値を得るには慣れというかコツが必要になるが、こればかりは場数を踏むしかない。
ここでは、六分儀の扱いはひと通りできるという前提で話を進める。六分儀については、実践編の最後にあらためて説明する。
まず、六分儀を使って観測値が得られたとして、その後は、観測値に必要な修正を加えて実際に使う値(真高度)を得る作業になる。
天測では「改正」という表現を使用するが、「修正する/補正する」という意味である。
順に説明する。
(1) 器差(六分儀自体の誤差)
たとえば、体重を計るとき、体重計に乗る前に目盛りがゼロになっているか(アナログ計では針が0を指すか)を確認する必要がある。それと同じで、六分儀がきちんと調整されているか(水平線とゼロが一致するか)をまず確認する。
ずれていたら、その分を観測値に対して足すか引くかする。
具体的な手順としては、六分儀では水平線と太陽を同時に並べて見比べることになるが、目に当てる単眼鏡は一つしかないため、まず単眼鏡を目に当てて水平線を見る(それで見えるものを「真像」という)。
それと同時に、天体の方は鏡を使って光の反射を利用し単眼鏡に映るようにする(こちらを「映像」という)。
六分儀のレバーを操作し、真像と映像の両方が単眼鏡の同じ丸い視野で横に一直線に並ぶようにする(「太陽を水平線まで下ろす」という)。
これが一致したときの六分儀の目盛りが「天体の水平線からの角度(高度)」を示しているのだが、器差があると、その分だけ誤差になる。
で、まず、六分儀のインデックスバーを0o0’の近くに固定し、単眼鏡をのぞきながら、真像と映像が一直線になるようにマイクロメータをまわしていく。
そのときに示された角度が0o0’であれば器差はない。
もしずれていれば、その目盛りを読んでおいて、その分を観測結果に足したり引いたりする。
(インデックスバーやマイクロメータについては六分儀の項で説明する)。
(2)~(6)の改正は、天測計算表の最初に「太陽の測高度改正表」(第一改正~第五改正)として掲載されている。略称 Cor 1~5が使用される。
こんな感じだ。
出典:海上保安庁「天測計算表」書誌第601号
眼高
観察する人が海面すれすれから見ているのか、山の上から見ているのかで、天体の高さ(角度)も違ってくる。
そのために補正が必要になる。それが、眼高による修正で、計算表には、
横軸に眼高(0mから36mまで)、縦軸に測高度(0度~6度)が見開きで記載されている。
その次の見開きページには測高度6度~90度まで、全部で四ページにわたって記載されている。
自分に当てはまる眼高と天体の測定した高度の交わるところの数値を選ぶ。
天測計算表がなければ眼高の改正値は計算でも出せる。日本付近で、大気の状態が標準的な場合、1.776に高さ(m)の平方根をかければよい(あくまでも近似値だが)。
眼高をθ(シータ)、単位は分(’)とすると
Θ (’)= 1.776√h
h:高さ、観察者の目の位置の海面からの高さ(m)
ヨットのデッキに立って観察するとして眼高は3mくらいだろうか。それで計算すると、
Θ = 1.776×√3≒3.07’≒3.1’ (小数第一位までで十分)
第二改正は気温で五度刻み、第三改正は気圧で10ミリバール(ヘクトパスカル)刻みで示されている。その中間は、単純に案分比例した値を使うが、値自体が小さいので、どちらか近い方を選んでも、結果に問題になるような差は生じない。
第四改正の視半径とは、太陽や月のように地表から見ても大きいものは、観測時に水平線と天体の下側(下辺)を合わせたのか上側(上辺)を合わせたのかで違ってくるため、それを修正するもの。星は点とみなし、修正する必要はない。
天測計算表の第四改正には、こんな風に月別に図入りで掲載されているので、間違えようがない。
第五改正は気温と水温の差による改正になる。
現実問題として、一人や二人でのヨットの航海では、舵や帆の操作もあるし、天測だけにかかりきりというわけにもいかないので、気温や水温、気圧の改正は割愛され、器差と眼高、視半径の改正だけですませることが多いようだ(だからといって、それで大きな誤差がでるわけでもない)。何度も繰り返すが、そういう誤差よりも、観察する者の技量と、波で上下するなど海況による誤差の方が圧倒的に大きいと断言できる。
緯度を計算する実際の例
某年5月14日正午に南を向いて太陽の下辺の高度を観測すると、70o29.5’だった。六分儀の器差2.1’、水温25度、気温20度、眼高3m、気圧1015hPaだったとする。
まず真高度を出すため、天測計算表で該当する改正値を探して下表に記入し、それを単純に合計する(値がプラスのときは足す、マイナスのときは引く。正負の符号のない値はプラスとみなす)。
観測値(Ao) インデックス・エラー |
70o29.5’
2.1’ |
第一改正 (Cor 1) | 10.7’ |
第二改正 (Cor 2) | 0.1’ |
第三改正 (Cor 3) | 0.0’ |
第四改正 (Cor 4) | 0.1’ |
第五改正 (Cor 5) | -0.1’ |
真高度 (At) | 70o42.4’ |
真高度が出たら、天測暦で5月14日当日の赤緯(d)を調べる。N17o42.8’だったとする。南を向いて測定したのでNをつけて、
N(90-at)=N(90ー70o42.4’)=N19o17.6’
赤緯もNで同符号なので、
緯度=N19o17.6’+N17o42.8’=N37o00.4’
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