『六分儀と天文航法入門』 海洋冒険文庫 編著 アマゾン・キンドルで先行発売しましたが、オンデマンドによる紙の本もまもなくご利用いただけます。 海洋冒険文庫で好評連載された『世界一わかりやすい天測術』をさらに全面的によみやすくしたものです。 |
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天測航法12─位置の線航法(2)
位置の線航法(2)
前項で説明したように、
天体(ここでは太陽)が真上に見える場所の緯度経度と船がある位置の緯度経度(推定値)がわかれば、船が円周上に存在する円が描ける。
計算した天体の高度と実際に測定した高度の差で、円をもっと大きくすべきか小さくすべきかがわかる。
天体位置決定用図に作図して位置を出す。
という手順で作業が進められる。
では、具体的にみていこう。
1. 天体の高度を測定し、時間を記録する。
観測高度に必要な改正を行って真高度 at を求める。
(改正については、子午線高度緯度法の項を参照)
2. 現在の船の推定位置を出す。
前回の船の位置から進行方向と経過した時間を考慮して現在の船の位置A(緯度と経度)を推定する。推定位置は多少ずれていても問題ない。
3. 天体が真上にある場所Xの緯度(赤緯d)と経度(赤経R.A.)を求める。
赤緯は天測暦から、赤経はグリニッジ標準時(GMT、または世界時UT)との差から時角(h)として求める。
(子午線高度緯度法の項と経度の項を参照)。
4. 推定位置(2項)と天体の位置(3項)の緯度経度から、AXの方位(計算方位角Z)と計算高度Acを求める。
ac:計算高度、ℓ: 推定緯度、d: 赤緯、h:時角とすると
(1) 高度acの計算式
sin ac = sinℓ・sin d + cos ℓ・cos d・cos h
(2) 方位角Zの計算式
cos Z = (sin d – sin ℓ・sin ac) / (cos ℓ・cos ac)
こういう数式が出てくると面倒に見えるが、天測専用の電卓や関数電卓があればすぐに結果はでる。エクセルなどのスプレッドシートに計算式を入れておいて数値を入力すれば自動的に計算されるようにしておいてもよい。
とはいえ、天測計算表にはすでにそうした計算を行った結果が記載されているので、それを使えば、単純な手計算でも出せる。
いわゆる米村表で「高度方位角計算表」として計算されている。こんな感じ……使い方も欄外に記載されている。
出典:書誌第601号『天測計算表』 海上保安庁
天測計算表を使った計算高度と方位の求め方
(1) 計算高度
地方時角 h に対してA1、赤緯 d に対してA2、推定緯度 ℓ に対してA3の値を計算表から探し出し、A4を求める。
A1+A2+A3=A4
A4 の値から計算表の A4 で該当する欄から A5 を求める。
ℓ と d が同符号のときは ℓ - d 、異符号のときは ℓ + d をA6とする。下の計算式でA7を求める。
A5 + A6 = A7
計算表で A7 に該当する値が計算高度 ac になる。
(2) 計算方位角
A1 を求めるとき、その列の右に Z1 の値が記載されている。
A2 の値はそのまま Z2 の値になる。
A7 の値を求めるとき、右横に Z3 の値が記載されている。
Z1 + Z2 - Z3 = Z4
表でZ4に該当する値が方位角Zになる。
5. 作図
(1) 天体位置決定用図で、コンパスローズの中心を船の推定位置として、計算方位角の線を引く。
図の線②
(2) 計算高度 at と真高度 ao の差(修正差 I )を求め(単純な引き算)、修正差 I 分だけ、船の推定位置を方位角の線に沿って外側(真高度が計算高度より小さい場合)または内側(真高度が大きい場合)に移動させ、方位角に垂直な線を引く。
これが位置の線になる(細い赤線①)。船はこの位置の線上のどこかにいる。
修正差Iの距離は、緯度によっても異なるので、位置決定用図の右側に印刷されている漸長緯度差の尺度からディバイダで測る(オレンジ)。
6. 数時間後に同じ手順で観測を行って、さらに位置の線を引く。
この二本の線の交点が船の位置(船位)になる。
注意: 最初の位置の線を時間の経過分だけずらす必要がある(転位)。これは速度と進行方向で距離をだして、その分だけ平行移動させるか、最初の推定位置をその分だけずらして作図し直してもよい。
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位置の線については、平面で考えるとわかりやすい。
海上にいて、ある小さな島の山の頂上が磁針方位で60度の方向に見えたとする。
海図のコンパスローズで60度に定規をあてて、その島まで平行移動させ、山頂を通る線(方位線)を引けば、自分の現在地は、その線上のどこかにあるはずだ。
次に別の目標物を調べて、同じようにそれを通る線を引く。二本の方位線の交わる点が自分の位置を示している。これが前回取り上げた、地文航法のクロスベアリング法である。
この目標物を天体に移したのが天測航法/天文航法の位置の線航法と呼ばれるものである。
ある日ある時間に地球上のある地点から天体(太陽、月、惑星、星)を見上げたとき、その角度が70度だったとする。
地球上でその時間にその天体が高さ70度に見える場所は無数に存在するが、そうした点を結んでいくと、大きな円になる。
つまり、この円周(赤線)上のどこかにいることになる。
天体を目標物にした場合、この円周が位置の線になるのだが、実際の作図ではずっと狭い範囲を取り扱うので、円周も直線として扱う。
次に別の天体を調べて、その高さに見える場所を点で結べば同じように円が描ける。この二つの円の交点が自分の位置を示している。
直線と違って、交点は2つできるが、この2つの場所は、たとえば太平洋とユーラシア大陸とか、インド洋と大西洋とか、極端に離れているので、自分のいる場所がどっちかはすぐにわかる。
同時に二つの天体の高度を知るのがむずかしいときは、同じ天体を時間をおいて二度測定しても同じ結果が得られる。
星がよく見える夜は水平線が見えにくいし、水平線がよくわかるときは、まだ空に明るさが残っているので星が見えにくく、星は星座として全体でとらえるとわかりやすいが、六分儀のレンズの中では本当にその星かわかりにくかったりと、現実には星の高度を測るのはなかなか厄介なので、一般には太陽を使うことが多い。
太陽の場合、可能であれば、朝、昼、夕方の三回観測する。それぞれ、モーニングサイト、ヌーンサイト、イブニングサイトと呼ぶ。
まず日の出から少し時間が経った頃(たとえば午前八時)に太陽高度を測定し、必要な改正を行って真高度を求める。改正については子午線高度緯度法で述べた方法と同じだ。
その上で、天測計算表から方位角を見つければ、位置の線が一本引ける(具体的な手順は後述)。
さらに、正午か夕方にも測定して同じように位置の線を引く。
最初の線については、時間の差がある分だけ(船の速度×方向で距離を計算して)位置をずらす必要はあるものの、この二本の線の交点が観測者のいる場所になる。
正午の場合は子午線高度緯度法で説明したように、位置の線を使わなくても、それだけで位置を確定できるためバックアップとしても有効だし、両者を比較することで精度の向上にもつながる。
では、もう少し具体的にみていこう。
天体はほぼ規則正しく運行しているので、ある年の○月○日の○時○分に地球上のどの地点の真上にあるかは、あらかじめわかっている(天文暦に記載されている)。
天体をSとする。
観測する自分の位置を推定する(前日の位置から進行方向と速度で推定すれば、だいたいの検討がつく)。この推定位置をAとする。この位置は正確でなくても問題はない。
観測地点と天体がその時間に真上に来ている場所をXとすると、観測者から見て天体のある方位(A-X)と角度(∠SAX)が計算できる。
自分の推定位置Aと天体が真上にある位置Xを直線で結ぶ(これが円の半径になる)。
そのとき観測した高度と計算で出した高度を比べて、
同じであれば、推定した位置Aが実際の位置になる。
観測値の方が大きければ、推定位置より内側Bになる。
観測値の方が小さければ、推定位置より外側B’になる。
その角度の差を距離に換算して推定位置から内側または外側に移動した点(BまたはB’)を通り、半径A-Xに垂直な線を引く。これが位置の線になる。
大きな円のごく一部になるので、円周は半径に対して垂直な直線とみなすことができる。
これをもう一回、別の天体か、同じ天体であれば時間をずらして行い、最初の線は船が移動した距離だけ平行させる。
この二本の位置の線の交わった点が観測者がいる実際の位置になる。
この作業は海図ではなく、「天測位置決定用図」と呼ばれるものを使って行う。
この上の写真は『天文航法』(長谷川健二著)に付属しているものだが、海図販売所で専用の冊子が販売されている。
(この項は次回に続きます)
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今回は陸が見えるときの航法について
沿岸航海での位置の確認は地文航法となり、天文航法とは別物。とはいえ、方位線とか位置の線といった概念は二次元か三次元かの違いがあるだけで考え方そのものは同じなので、最低限必要な地文航法の知識があれば、天文航法の位置の線の概念もわかりやすくなる。
●海図で確認できる陸の目標(物標)が複数ある場合
海図を見ると、水深など海の情報は豊富に記入されているが、陸上はすかすか(白紙の部分が多い)。これは海上から見て目立つ目標物(山頂、灯台など一目でわかるもの)だけを示すためである。
で、それが二つ以上確認できる場合、クロスベアリングという方法で船の位置を知ることができる。
●クロスベアリング
図を見れば一目瞭然だが、方位磁石で山頂Aが50度の方角に見え、灯台Bが100度の方角に見えたとする(ここで角度はすべて、方位磁石の偏差と自差分を加減したものとする)。
海図でコンパスローズの50度の線に定規を当て、それを山頂Aまで平行移動させて線を引く。これを方位線という。船はこの方位線上のどこかにあるはずだ。
次に、同じ手順で灯台Bの方位線を引く。
船はこの方位線上のどこかにあるはずだ。
つまり、船は、この二本の方位線が交わったところにある。
これを交叉方位法(クロスベアリング)という。
物標と物標はある程度は離れていたほうが精度があがる(少なくとも30度)。
さらに第三の物標Cがあり、その方位がわかればさらに精度がよくなる。その場合、三本の方位線は一点で交わるはずだが、実際にはなかなかそううまくいかない。
こんな感じで、三本の線で三角形(誤差三角形)ができてしまうことが多い。この三角形は、作業になれるにつれて、だんだん小さくなる(精度が高くなる)。この三角形の中央が船の位置になる。
この方法で六分儀を使うこともできる。六分儀を水平に構えて、AとBの角度、BとCの角度を測定する。
その角度を海図とは別の薄い紙(トレーシングペーパー)に描き、それを海図に重ね、それぞれの線をA、B、Cに合わせると、交点が船の位置になる。
※方位を測定する際の注意点
2カ所または3カ所の方位を測定する場合、船の前方と後方(船首尾方向)にある物標の方位を先に測定し、横方向の物標を後にする。
船が動いていれば後者(横方向)の変化が早いためだ。
●陸の目標が一つしかない場合
四点方位法、船首倍角法、両側方位法(ランニングフィックス)などがあり、それぞれ基本的な考え方はほぼ同じ。
四点方位法と船首倍角法について簡単に説明し、その後で実用性が高いランニングフィックスの手順を説明しよう。
いずれも二等辺三角形の性質を使ったもので、船は同じ進路、同じ速度を維持するのが前提になる。
・四点方位法
船の進行方向(針路)から45度の位置にある物標を探し、時間と船の速度を記録しておく。
そのまま進んで、物標が真横に来たときの時間を記録する。
その間にかかった「時間×速度」で船が移動した距離がわかり、それはそのまま物標との距離にもなるので、船の位置が決まる。
・船首倍角法
手順は四点方位法と同じだが、角度が45度に限定されないので利用可能な状況が増す。
船の針路から物標までの角度を測り、時間と速度を記録しておく。
そのまま進んで、物標がさきほどの角度の2倍になる位置に来たところで時間を記録する。
その間の「時間×速度」が物標までの距離になるので、船の位置が決まる。
●ランニングフィックス
1.A点で、物標の方位と時間を記録する。
2.船の進行方向と方位の線を海図に線で引く。
方位線はコンパスローズを使って正確に引くが、
進行方向の線については物標からの距離はだいたいでよい。
3.そのままの方向と速度でしばらく進んでから、もう一度物標の方位を測定し、その方位の線を海図に記入する。
4.進んだ時間×速度で出た距離の分だけ、最初の点Aから測って進行方向の線に印(B)をつけ、Bが2番目の方位線と重なる位置まで線分ABを進行方向の線に対して平行移動させる。
その点が船の位置になる。
●六分儀を使って距離を知る
たとえば、船から見えるところに島や山がある場合、その高さを六分儀で測ることで船の位置を知ることもできる。
上図で、山頂直下までの距離を x m、山の高さを h m、仰角をΘとすると
Tan Θ = h / x
これを整理すると、距離 x =h / tanΘ
天測計算表には三角関数表も掲載されているので手計算でも可能だが、関数電卓を使うと手っとり早い。
山頂から方位の線を引き、計算した距離の分で印をつければ、それが船の位置になる。
数字はメートルなので、海図上でディバイダで距離を移す場合は、海里に直しておく。
1海里=1852m
天測航法 9─太陽や月、星が観測できないときの推測航法
太陽などの天体は天候が悪ければ測定のしようがない。それに毎日正午に天測するにしても、その間の位置も可能であれば知っておく必要がある。
そのときに用いられるのが推測航法(Dead Reckoning navigation、略称は DR)である。
航海術としては最も単純かつ確実で、直感的にわかりやすい。
十五世紀にインドへの新しい航路を探るつもりで新大陸(の周辺の島々)を思いがけず発見してしまったクリストファー・コロンブスの航海術も、基本は推測航法だった。
古代からあるアストロラーベや当時最新の四分儀を用いて北極星の高度を観測したりはしたようだが、航海日誌を見ると、かなりの誤差が生じたりして、あまり信頼できなかったようだ。その時代、六分儀はまだ登場していない。
コロンブスは詳細な航海日誌を残した最初の大航海家だが、その航海の大半はこの方法によったらしい。
推測航法とは、「方位磁石(コンパス)で船が進んでいる方角を調べ、その方向に船が進んだ速度と時間から航海距離を算出し、それを海図上に作図」して、船の現在位置を知る方法である。
コロンブスの時代は砂時計とトラバースボードを用いて約30分おきに記録していたが、普通はそれを1時間ごとに繰り返す。
海図には必ず真方位と磁針方位を同心円で示したコンパスローズというものが印刷されている。
コンパスローズの方位に合わせ、前回に確認した船の位置と重なるまで平行移動させて、進行方向に線を引く。
直線の平行移動には日本では三角定規二枚を組み合わせて使うのが一般的だ。欧米のヨットでは、平行定規という小さな車輪がついたものを使うことが多い。どちらでもかまわないが、コンパスローズでは磁針方位を使うのか真方位を使うのかは明確に(意識して)区別しておくこと。
そして、所定の時間に進んだ距離(速度×時間)分の長さを二本足のディバイダ(作図用コンパスでもよい)で海図の左右の縁に印刷してある緯度の目盛りから取って、引いた線の上に印をつける。
それが現在位置になる。
距離は 1’(1分)=1海里(1852 m)
速度は 1ノット=時速1海里
経度はそのときの場所によって幅が変化するので、海図で距離を測るときは、必ず緯度の目盛りからとること。
進行方向、速度、時間について、注意点を順に説明する。
進行方向―偏差と自差
進行方向は方位磁石でわかるが、地球の回転軸(地軸、真北)と磁石の指す北(磁北)にはズレがある。このズレを偏差(Variation)と呼ぶ。
偏差は海図に記載されている(地域ごとに異なる)。
磁北は絶えず移動しているため、海図を作成したときから年数を経ていれば、その分の修正も必要になる。作成年と、1年でどれくらいズレていくかも海図には記載されているので、その分も加算して修正する必要がある。
また、方位磁石(コンパス)には、それぞれの船特有の自差(deviation)というものが存在する。これは磁石が船の金属などの影響を受けることによるズレだ。
船舶用の方位磁石にはこれを修正する方法が用意されていることが多い(補正用のネジや薄い金属片の挿入など)。それでも解消しきれないズレは、航海前にあらかじめ、船がどの方向を向いたときに何度くらいズレが生じるのかを確認して一覧表やグラフにしておき、方位磁石の示す値にその分を加減することになる。
コンパスの自差測定の手順
1.トランシット法
陸の見える場所では、海図に記入されていて同時に同じ方向に見える二つの目標物を探す。たとえば、港の灯台とその背後にある山の頂上などだ。
その二つを結んだ線の延長上(トランシットという)に船を移動させ、その線上から外れないようにして(たとえば、灯台と山頂が上下に重なる位置を維持しながら)船の向きを東西南北とその中間の八方位に順次向けていき、その都度、トランシットがどの方角になるかを記録する。
海図で測ったトランシットの方角と、八方位における測定値との差が自差になる。自差がなければ、すべて海図と同じ角度になるはずだ。
具体的には、トランシットが海図上では60度の方角になるはずなのに、南東の位置で測ったときに63度だったとすると、「船が南東を向いているときは、方位磁石は+3度ズレている」ことになる。これは船の方向によって少しずつ変わることが多い。
2.遠方物標法
陸の見えない外洋で自差を測定するには、太陽のような非常に遠い天体を選び、船を旋回させて順に上述の八方位に船首を向け、その都度、天体の方位を測定する。
8方位での測定値を合計し、また8で割って平均値を出す。
その平均値と各8方位での測定値の差が自差になる。
速度―対水速度と対地速度
ヨットなどで使用する速度計には、船尾から垂らし水の抵抗でくるくる回る回転数を調べる曳航式ログや、船体に取り付けた小さな水車のようなものなど各種ある。なれてくれば大体何ノットくらいで走っているかの検討はつくようになるが、計器を使った方が誤差は少ない。
重要なのは、速度には海面を何ノットで進んでいるのかという対水速度と、実際に地表面に対してどれくらいの速度で進んでいるのかという対地速度があり、それを明確に区別するということだ。
一般的な速度計は対水速度を示すもので、仮に速度が5ノットの表示だったとして、海流や潮流が同じ方向に2ノットで流れていれば、実際には(動かない地面からすれば)5+2=7ノットで走っていることになる。
潮の流れが正反対だとすると(逆潮)、5ノットの表示が出ていても、実際には5-2=3ノットでしか動いていないことになる。
海図に作図するときは対地速度で計算したものを使う。つまり、対水速度については、そのときの潮流や海流がどっちの方向にどれくらいの速さで流れているかも考慮しなければならない。
ちなみにGPSで示される速度は対地速度だ。
これを使えば簡単だが、だったら六分儀で天測するまでもないという最初の話に逆戻りしてしまう。
いずれにしても、この方法がだめなら、あの方法、それが無理ならこっち……と、いざというときの選択肢は多いほど安全係数は高くなるので、知っていて損はない。
六分儀を使った訓練を一度は中止した米国の沿岸警備隊が、最近になって六分儀の教育を再開したが、これもそうしたことの裏付けになるだろうか。
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ここでは、六分儀の使い方について理解しよう。
六分儀は、船の航海で天体の位置(角度や高度)を観測して現在位置を知るために必須の道具で、帆船やヨットの外洋航海では、こんな光景がよく見られる。
観測しているのは『野生の呼び声』などの作品で知られる作家、ジャック・ロンドン (『スナーク号の航海』より)
ひとくちに六分儀といっても、時代やメーカーによってさまざまなので、一般に共通する部分の名称を示し、その仕組みについて説明する。
4-1 各部の名称
写真は、日本で六分儀の代名詞になっているTAMAYA製のMS-733。
わりと新しい、ごく標準的なもの。軽合金製で重さは二キロ弱。
これを重いと思うか軽いと思うかは、使う人の体力と体調によるだろう。
長期の航海で疲れているときは、これを構えるだけでも結構な重さに感じることもある。
(1) 望遠鏡 telescope (2) 動鏡 index mirror (3) シェードグラス index shades (4) 水平鏡 horizon mirror (5) シェードグラス horizon shades (6) 弧(アーク) arc |
(7) 儀面 body (8) マイクロメータ micrometer (9) バーニャ vernnie(10) 指標棹 index arm (11) レバー release levers(12) ハンドル handle |
それぞれ役割
(1) 望遠鏡は、もちろん、ここに目を当ててのぞく。
(2) 動鏡(インデックスミラー)は天体をここに反射させて水平鏡に像を送る。
(3) シェードは濃淡が数段階あり、太陽を見るときは濃い色を使用する。
(4) 水平鏡は望遠鏡から素通しで水平線が見えるが、同時に動鏡からの映像を反射させて望遠鏡に送る働きもする。
(5)シェードは(3)と同じ。天候など周囲の状況によって適したものを選ぶ。
(6) 弧(アーク)はスケールともいい、1度ごとに目盛りが刻んである(-5o~+125o)。
(7) 扇形の儀面は鏡や望遠鏡を取り付ける本体部分。
(8) マイクロメータはアークの角度の微調整を行う。
(9) バーニャでは1度以下の角度を読む(0.2’)。
(10) 指標棹(インデックスアーム)を動かして角度を調整する。動鏡と一体。
(11) 指標棹の下にあるレバー二本を同時につまむと指標棹が動く。離すと固定される。
(12)ハンドルは写真に見えている側の裏側にあり、右手で持つ。
4-2.天体と水平線を見る仕組み
上図でわかるように、天体の映像は動鏡で反射して、水平鏡に送られ、そこからさらに反射されて望遠鏡に送られる。
と、同時に、望遠鏡の視界には水平線もそのまま見えている。
天体の映像と水平線の実像が一直線に並ぶように、指標棹(インデックスアームの角度を調節する。
レバーで大体合わせ、マイクロメータを回して微調整する。
4-3. 実際の観測手順
A.六分儀を調整する。
(1) 動鏡(インデックスミラー)と水平鏡(ホライゾンミラー)は儀面(本体)と直角になっていなければならない。
確認し調整する方法はメーカー/製品によって異なるので、それぞれの説明書を見て確認する必要があるが、たとえば、動鏡が直角かどうかは「鏡に映る弧と直接に目で見える弧が直線になっていれば直角、屈折していれば直角ではない」といったことでわかる。近くに調整ネジ(または類似の仕組み)があるはずなので、それで調節する。
水平鏡の直角は普通に縦にして持ったときの「水平線と映像が一直線になっている」状態で、そのまま六分儀を倒していって水平にしてもなお「一直線」であれば直角、そうでなければ直角ではないので、ネジ等で調整する。
(2)器差(インデックスエラー)の改正
指標棹(インデックスアーム)を弧の0o0’に合わせたときに、動鏡と水平鏡は平行になっていなければならない。
指標棹(インデックスアーム)を0o0’に合わせて、水平線を見る。
こうなっていればOK。
こうなっていれば調整ネジで一直線になるようにする。
さらに正確さを確認するには、そのままの状態で六分儀を傾けて、なおかつ一直線になっているかチェックする。必要に応じて調節する。
ただし、どう調節しても段差が消えない場合は、マイクロメータで指標棹を動かして一直線にし、その時の角度をメモしておき、後で計算により加減する。
B.調整終了後、実際に天体の角度を測る。
太陽を見る場合はかならず濃いシェードを使うことを忘れないように。
ヒント: 体がふらふらしない場所や体勢を確保し、天体のおよその高さを推測して、あらかじめ六分儀をその角度にしておくと、割と楽に天体と水平線の両方を捕らえることができる。
望遠鏡に水平線と太陽の両方が入ったら、マイクロメータで微調整して位置を合わせる。
普通はこのように太陽の下辺を合わせる。
C.目盛りを読む。弧(アーク)は度単位なので、それ以下はマイクロメータとバーニャで読む(0.2’単位)。目盛りの中間は比例させて読む。
4-4 人工の水平線を使う
実際に海に出ると、太陽などの天体は見えるのに水平線がはっきりしないことはよくある。代表的な例は海霧だが、それに限らない。
で、そういうときに便利なのが人工水平線 (アーティフィシャルホライゾン)だ。
専用の器具がある。
多少の差はあるが、大体はこんな形をしている。
ま、洗面器のような容器に水を入れて、水面を通して太陽を見ても測定可能だが、風などで水面が揺れると映った像も揺れるので、専用の方が使いやすい。
仕組みはこうだ。
六分儀と人工水平線に差しこむ太陽からの光線は平行とみなすことができる。
水面の入射角と反射角は等しいので、●はすべて同じ角度になる。
つまり、六分儀で測定した角度を2で割ると天体の高度になる。
これは水平線の見えない陸上で六分儀による天体の高度観測の練習にも使える。
この場合、高度改正で、眼高による改正は不要になる。
天測航法 7─経度を知る
緯度に比べれると、経度の求め方は、かなりハードルが低くなる。
「なぜ太陽が真南にきた時間を知ると自分のいる位置(経度)がわかるのか」の項で簡単に説明したが、ここでは、ざっとおさらいをして、実践的な手順に進もう。
地球は1日に1回自転している。
一周ぐるっとまわる(360度)のに24時間かかることになる。
これで15度=1時間という関係が成り立つ。
この関係は海外旅行をするときの時差でおなじみだが、角度も時間もその下の単位は分、秒になる。
1時間=60分 1分=60秒
1度 =60分 1分=60秒
どちらも分と秒でまぎらわしいので、
時間の場合は、時間(h)、分(m)、秒(s)を使う。
緯度・経度の場合、度(o)、分( ′)、秒(″)を使う。
経度を知るには、その場所で太陽が真南にきたときの時間を計測し、それが経度0度のグリニッジ標準時(GMT)より何時間何分進んでいるか(または遅れているか)を調べて、その時間差を度に換算すれば、いまいる場所の経度が算出できる。
グリニッジ標準時より早ければ東経(E)、遅ければ西経(W)になる。
現在ではグリニッジ標準時よりも協定世界時(UTC)を使うことが多いが、天測レベルでは両者は同じとみなしてよい。
天測では地動説より天動説の方が感覚的にわかりやすい。
太陽は24時間で地球をぐるっと一周する。
だが、正確に24時間ではなく、その速度も一定ではない。
だから、計算で経度を求める場合、実際の太陽の運行と計算上の運行には差があり、それを均時差というが、これを補正する必要がある。
[経度を求める手順]
1.太陽が真南に来たときの時間を確認する。
2.その時間を天測暦に記載されている均時差で修正する。
3.修正した時間を度数に換算する(=経度)。
ステップ1
まず太陽が真南にきたときの時間を知る必要があるが、これが意外にむずかしい。
方位磁石を使えば太陽が南にあるかどうかはわかるが、磁北と北点は必ずしも一致せず、方位磁石の示す方角が真南とは限らない。
だから、正確な時間を知るには、
(1) 真南になる少し前に六分儀で太陽の高さを測り、その時間を記録しておく。
(これを仮に t1 とする)。
(2) それから2、3分おきに太陽の高さを測り、時間を記録する。
(順に t2、t3……とする)
太陽高度は少しずつ高くなった後、こんどは少しずつ下がりだす。
(3) 下がり始めた太陽高度が t1 または t2 と同じ高さになった時間を記録する。
(仮に t6 とする)。
T1とt6の高さが同じだとすると、両者の時間の中間の時刻がその場所の正午(南中時刻)になる。
ステップ2
記録した時間を均時差で補正する。
(1) 天文暦で、その日のグリニッジの正午における均時差を確認する。
均時差とは、太陽が一定の速度で動くと仮定した計算上の正午と太陽が実際に南にくる時間との差で、その計算結果が日付ごとに天測暦に載っている。
◎太陽の二列目の値から12hを引くと均時差が得られる。
均時差 = (図のE◎の列にあるh m sの値)-12h
ほとんどの場合、均時差は数分程度だ。
その均時差を ステップ1 で記録した南中時刻に足す(または引く)。
例:その日の正午に実際の太陽が南中する時間(これを視太陽時という)が計算上の正午より1分10秒早かったとすれば、測定した時間から1分10秒引く(遅ければ足す)。こうした修正作業を補正という。
ステップ3
補正した時間を度数に換算する
均時差で補正した時間を度数に変換して経度を求める。
換算は24時間=360度で比例案分する(1時間=15度)。
時間と度の換算表
時間 | 24 h | 1 h | 4 m | 1 m | 4 s | 1 s |
度 | 360o | 15o | 1o | 15’ | 1’ | 15” |
※ 単純な計算なので、数分で終了する、はず――海の上では船酔いなど、頭がちゃんと働かないときもある、、、
時(h)、分(m)、秒(s)にそれぞれ15をかけて合計する。
それぞれ時(h)は度(o)、分(h)は分(‘)、秒(s)は秒(“)に対応するが、分(‘)と秒(“)が60を超えた場合は60で割り、商は一つ上の単位に(分なら度に、秒なら分に)繰り上げ、余りがそのまま、それぞれ分と秒になる。
天測計算表には「時間弧度換算表」が掲載されているので、その表を使えば計算する必要もない。
とはいえ、具体的な例で計算してみよう。
太陽が真南にきた時間(南中時刻)をはかって均時差を修正したら、グリニッジ標準時の正午(12時)より10時間18分41秒早かったとする。
10h×15=150o
18m×15=270’=4o30’
41s×15=615”=10’15” となるので、
経度(E) =(150+4)o(30+10)’15”
=154o40’15”(東経154度40分15秒)
ちなみに、経度の測定には、月距法という方法もある。
月と他の天体との距離(観測者から見た角度)を測定し、天測暦の月距表で時間を割り出す。
小型ヨットではじめて世界一周したジョシュア・スローカムや幕末に太平洋を横断してサンフランシスコまで行った江戸幕府の咸臨丸も、この方法で経度を測定したと言われている。
この方法の利点は、正確な時計(クロノメーター)がなくても経度がわかるということだ。
緯度は太陽の高さでかなり正確に出せるので、問題は正確な時計がないときに経度をどうやって知るか、である。
スローカム船長は1ドルで買った中古の時計しか持っていなかったので、必然的にこの方法に頼らざるをえなかった。
だが、クロノメーターの普及に伴って、この方法は急速に忘れられてしまった。現実にも、日本を含むほとんどの国の天測暦に月距表はもう掲載されていないので、現代では忘れられた方法となっている。
天測航法 6─北極星緯度法
2-2 北極星緯度法
天候によっては正午に太陽を観測できるとは限らない。
緯度を知る有力なバックアップ手段として北極星がある。
北極星は、ひしゃくの形をした北斗七星やWの形をしたカシオペア座を使った見つけ方を含めて、最もよく知られている星の一つだ。
地軸を北極の先まで伸ばした延長線上にあるため、つねに方角の北を指すが、それだけではなく、北半球では、北極星の水平線からの高さで、その場所の緯度がわかる。
次の図は、北極星の高度と緯度の関係を示している。
図2-1
Pは観察者のいる場所、ℓ は緯度、aは北極星の水平線からの高さを示している。
三角形OPXは直角三角形で∠xは直角なので、
ℓ+●=90度 (1)
∠hPz=a+●=90度 (2)
よって ℓ =a
つまり、北極星の高度aは緯度 ℓ に等しい。
しかし、正確には北極星は地軸の延長線上から少し離れたところにあるため、その分の補正が必要になる。
[北極星の高さから緯度を求める手順]
1.北極星の水平線からの高さを測定する(観測値)
2.太陽の場合と同じように高さの観測値を補正して真高度を得る
3.地方時角(L.H.A.)を求める
4.天測暦の北極星緯度表から時角に基づく補正値を見つけ、真高度を補正する(=緯度)
以下、具体的に説明する。
1.太陽と北極星の観察で一番違うところは、北極星は昼間は見えないという点だ。夜になると、星は見えるが、今度は水平線が見えなくなってしまう。
というわけで、夜明けか夕方に観測するしかない。
この手順では、揺れる船上で小さな星を六分儀で視界にとらえるのが一番むずかしい。そこさえクリアできれば、後は単純な計算になる。
2.観測高度を真高度にするには、太陽の場合と同じように高度改正を行う。
太陽は地球から近くて見かけの大きさがあるので、高度改正では視半径や視差による調整を行ったが、星(恒星)の場合は距離が遠く、ほぼ点とみなしてよいので、六分儀の器差(インデックスエラー)と眼高差、それに気温と水温の差のデータがあれば、それを使って補正する。
天測計算表には「星の測高度改正表」が掲載されているので、そこから必要な数値を拾って改正する。
図2-3 星の測高度改正表
出典:『天測計算表』(書誌第601号)海上保安庁
観測高度から真高度を求めるには
(1) 器差(インデックスエラー)を改正する
(2) 第1改正 眼高と測高度による改正
(3) 第2改正(惑星の視差の改正なので、北極星では不要)
(4) 第3改正 気温と水温の差で、水温が高ければ表の値を足す。低ければ引く。
これで真高度が出る。
3.地方時角 (L.H.A.)とは、観測した場所の時間がグリニッジ標準時(世界標準時)とどれくらいずれているかを示すもので、要するに、海外旅行でよくいう時差と考えればよい(例の経度15度=1時間という考え方)。
天測暦には「北極星緯度表」が四ページにわたって記載されている。
これはグリニッジ標準時の場所に基づき、それと実際に観察した地点との差を一覧表にしたもの。
まず自分のいる場所とグリニッジ標準時(世界標準時)との時間差(これを「地方時角」という)を確認し、それに基づいて表で改正値を求めることになる。
地方時角(L.H.A.)の計算については「経度を知る」の項で詳しく説明する。
ちなみに日本の標準時となっている明石(東経135度)の地方時角は9時間(9h)である。
地方時角がわかったという前提で話を進める。
図2-4 北極星緯度表
出典:『天文航法』(海文堂)添付の「(平成某年)天測暦抜粋」から
天測暦は毎年刊行され年ごとに数値が異なる。実際の天測暦には年が記載されている。
左ページが第1表、右ページの上が第2表、下が第3表。
それぞれ横軸を1時間ごと、縦軸は分ごとに整理してあるので、時角の時間(縦)と分(横)の交わるところの数値が目指す値になる。
これを真高度に加減して緯度を出す。第1表だけプラスとマイナスの値があるので、符号通りに足すか引く。第2表と第3表の値はつねに加算する。
緯度の計算
緯度(ℓ)=北極星の真高度+第1表の値+第2表の値+第3表の値
天測航法 5─子午線高度緯度法
2 実践編 緯度
帆船による大航海時代には、まだ正確な時間を知るクロノメーターがなかったので、航海術の基本は「緯度を知る」ことだった。
まず目的地と同じ緯度まで航海し、その緯度に達してから東または西に向けて航海するわけだ。
これはコロンブスの第一回航海でもそうだった。
情報が多く、よくわかっているアフリカ大陸の沖をカナリア諸島まで南下し、そこから西へと向かうことで、やがてはアジアの果て、つまり中国よりさらに東にある黄金の国に到達すると信じていた。
日本人ではじめてヨットでの単独太平洋横断に成功した堀江青年も、米国西海岸にあるサンフランシスコを念頭において、その緯度を維持しながら東へ東へと向かって計算通りに到達した。
というわけで、緯度を正確に知ることからはじめよう。
2.1 子午線高度緯度法
子午線高度緯度法とは、太陽が真南に来たとき(南中時)に太陽の高さを六分儀で測定し、その値を使って船の現在地の緯度を計算することである。
太陽が南中する時間がわかれば、経度も算出できる。
これは天測の最も基本となる方法で、実践編では、具体的な手順について説明する。
[緯度を求める手順]
1.観測値(測定した高度)に必要な修正を加えて真高度を得る(これを「測高度改正」という)。
両者を区別するため、観測高度をao、真高度をatで表す。
測高度改正では、次の修正を行う。
(1) 器差(インデックスエラー)の改正
(2) 第一改正(眼高と高度の改正値で修正する)
(3) 第二改正(気温と高度の改正値で修正する)
(4) 第三改正(気圧と高度の改正値で修正する)
(5) 第四改正(視半径(太陽の測定では上辺か下辺か)で修正する)
(6) 第五改正(気温と水温の差で修正する)
こうした修正を観測高度 ao に加えると、真高度 at が得られる。
(2)~(6)の改正値は「天測計算表」の最初に記載されているので、そこから該当する数値を拾って順に足すか引いていく。
2.その日の赤緯 d を天測暦で調べる。
(赤緯にはNかSの符号がつけてあるので、それもメモしておく)。
手順の1で真高度(at)、2で赤緯(d)がわかれは、後は単純な足し算引き算になる。
1. 太陽を南に向かって測定した場合、(90-at)の値にNという符号をつける
2. 太陽を北に向かって測定した場合、(90-at)の値にSという符号をつける
● (90-a)とdの符号が同じならば(NとN、SとS)、両方を足してその符号をつける。
● (90-a)とdの符号が異なる場合(NとS、SとN)、値の大きいほうから小さい方を引いて、大きい方の符号をつける
これで、緯度が求められる。
以下、簡単に補足しよう。
六分儀について
まず六分儀を使って観測するわけだが、六分儀の操作自体は、実物を手にして実地で練習すれば、すぐに覚えられる。
ごく普通の運動神経と視力があれば半日で十分だ。
とはいえ、より正確な値を得るには慣れというかコツが必要になるが、こればかりは場数を踏むしかない。
ここでは、六分儀の扱いはひと通りできるという前提で話を進める。六分儀については、実践編の最後にあらためて説明する。
まず、六分儀を使って観測値が得られたとして、その後は、観測値に必要な修正を加えて実際に使う値(真高度)を得る作業になる。
天測では「改正」という表現を使用するが、「修正する/補正する」という意味である。
順に説明する。
(1) 器差(六分儀自体の誤差)
たとえば、体重を計るとき、体重計に乗る前に目盛りがゼロになっているか(アナログ計では針が0を指すか)を確認する必要がある。それと同じで、六分儀がきちんと調整されているか(水平線とゼロが一致するか)をまず確認する。
ずれていたら、その分を観測値に対して足すか引くかする。
具体的な手順としては、六分儀では水平線と太陽を同時に並べて見比べることになるが、目に当てる単眼鏡は一つしかないため、まず単眼鏡を目に当てて水平線を見る(それで見えるものを「真像」という)。
それと同時に、天体の方は鏡を使って光の反射を利用し単眼鏡に映るようにする(こちらを「映像」という)。
六分儀のレバーを操作し、真像と映像の両方が単眼鏡の同じ丸い視野で横に一直線に並ぶようにする(「太陽を水平線まで下ろす」という)。
これが一致したときの六分儀の目盛りが「天体の水平線からの角度(高度)」を示しているのだが、器差があると、その分だけ誤差になる。
で、まず、六分儀のインデックスバーを0o0’の近くに固定し、単眼鏡をのぞきながら、真像と映像が一直線になるようにマイクロメータをまわしていく。
そのときに示された角度が0o0’であれば器差はない。
もしずれていれば、その目盛りを読んでおいて、その分を観測結果に足したり引いたりする。
(インデックスバーやマイクロメータについては六分儀の項で説明する)。
(2)~(6)の改正は、天測計算表の最初に「太陽の測高度改正表」(第一改正~第五改正)として掲載されている。略称 Cor 1~5が使用される。
こんな感じだ。
出典:海上保安庁「天測計算表」書誌第601号
眼高
観察する人が海面すれすれから見ているのか、山の上から見ているのかで、天体の高さ(角度)も違ってくる。
そのために補正が必要になる。それが、眼高による修正で、計算表には、
横軸に眼高(0mから36mまで)、縦軸に測高度(0度~6度)が見開きで記載されている。
その次の見開きページには測高度6度~90度まで、全部で四ページにわたって記載されている。
自分に当てはまる眼高と天体の測定した高度の交わるところの数値を選ぶ。
天測計算表がなければ眼高の改正値は計算でも出せる。日本付近で、大気の状態が標準的な場合、1.776に高さ(m)の平方根をかければよい(あくまでも近似値だが)。
眼高をθ(シータ)、単位は分(’)とすると
Θ (’)= 1.776√h
h:高さ、観察者の目の位置の海面からの高さ(m)
ヨットのデッキに立って観察するとして眼高は3mくらいだろうか。それで計算すると、
Θ = 1.776×√3≒3.07’≒3.1’ (小数第一位までで十分)
第二改正は気温で五度刻み、第三改正は気圧で10ミリバール(ヘクトパスカル)刻みで示されている。その中間は、単純に案分比例した値を使うが、値自体が小さいので、どちらか近い方を選んでも、結果に問題になるような差は生じない。
第四改正の視半径とは、太陽や月のように地表から見ても大きいものは、観測時に水平線と天体の下側(下辺)を合わせたのか上側(上辺)を合わせたのかで違ってくるため、それを修正するもの。星は点とみなし、修正する必要はない。
天測計算表の第四改正には、こんな風に月別に図入りで掲載されているので、間違えようがない。
第五改正は気温と水温の差による改正になる。
現実問題として、一人や二人でのヨットの航海では、舵や帆の操作もあるし、天測だけにかかりきりというわけにもいかないので、気温や水温、気圧の改正は割愛され、器差と眼高、視半径の改正だけですませることが多いようだ(だからといって、それで大きな誤差がでるわけでもない)。何度も繰り返すが、そういう誤差よりも、観察する者の技量と、波で上下するなど海況による誤差の方が圧倒的に大きいと断言できる。
緯度を計算する実際の例
某年5月14日正午に南を向いて太陽の下辺の高度を観測すると、70o29.5’だった。六分儀の器差2.1’、水温25度、気温20度、眼高3m、気圧1015hPaだったとする。
まず真高度を出すため、天測計算表で該当する改正値を探して下表に記入し、それを単純に合計する(値がプラスのときは足す、マイナスのときは引く。正負の符号のない値はプラスとみなす)。
観測値(Ao) インデックス・エラー |
70o29.5’
2.1’ |
第一改正 (Cor 1) | 10.7’ |
第二改正 (Cor 2) | 0.1’ |
第三改正 (Cor 3) | 0.0’ |
第四改正 (Cor 4) | 0.1’ |
第五改正 (Cor 5) | -0.1’ |
真高度 (At) | 70o42.4’ |
真高度が出たら、天測暦で5月14日当日の赤緯(d)を調べる。N17o42.8’だったとする。南を向いて測定したのでNをつけて、
N(90-at)=N(90ー70o42.4’)=N19o17.6’
赤緯もNで同符号なので、
緯度=N19o17.6’+N17o42.8’=N37o00.4’
[ 1 ] [ 2 ] [ 3 ] [ 4 ] [ 5 ] [ 6 ] [ 7 ] [ 8 ] [ 9 ] [ 10 ] [ 11 ] [ 12 ]天測航法 4─天測航法に必要なもの
天測に必要な道具はいろいろあるが、なければ話にならないという必須のものと、あれば便利かな(もっと正確になるかな)というものの二種類がある。まずリストを示し、その後で説明を加える。
必須のもの
1.正確な時計(クロノメーター)
2.六分儀(セクスタント)
3.天測暦(航海暦)
4.海図(航海海域に応じて)
5.方位磁石(コンパス)
6.天測計算表(米村表など)
次に、あれば便利なもの
7.関数電卓(またはパソコンの表計算ソフト)
8.位置決定用図
9.星図盤
順に説明していこう。
1.クロノメーター
航海用の精密な時計を指し、古くは時辰儀(じしんぎ)とも呼ばれた。
大航海時代以前から、いかに正確な時計を開発するかは航海の歴史だけでなく、科学史でも重要なテーマであり、これだけでも分厚い本が何冊も書かれている。
とはいえ、いまどきの水晶発振(クォーツ)の腕時計や電波時計(国内沿岸)は、大航海時代の最先端の時計と同等以上の精度があるので、クロノメーターの代用として十分な機能がある。
というより、揺れる小型船での観測誤差はかなり大きく、それより時計のずれの方がずっと小さいので、普通の時計でも実質的に問題はない。
時間は、グリニッジ標準時と船上での生活に必要な現地時間用に二つ用意するか、デュアル表示ができればなおよい。
2.六分儀
太陽などの天体について水平線からの角度(高さ)を測定する道具。
正確な高さを知るには、きちんと較正された正常に作動するものがほしい。日本では玉屋(現タマヤ計測システム)の製品が有名で、TAMAYAといえば六分儀の代名詞のようになっている。
太平洋周航中、六分儀を使って太陽の高度を測定するジャック・ロンドン(スナーク号にて)
とはいえ、かなり高価なので、使い方を覚えるのが目的なら、プラスチック製の廉価版(Davisのマーク15や25など)という選択枝もありだ。コロンブスの時代は六分儀などまだなかったので、新大陸発見につながる四次にわたる航海でも、六分儀の前身の四分儀やアストロラーベという器具を使っていたとされている。それも試験的なレベルにとどまり、現存する航海日誌を読むかぎりでは、ほとんど推測航法(DR)を用いていたようだ。これについては第四章で説明する。
というわけで、プラスチックと馬鹿にすることなかれ。
経験を積んだベテランの航海士が定評のある六分儀を使い、帆走しながら上下左右に揺れる小さなヨットで測定した場合と、あまり経験のないアマチュアが揺れをほとんど感じない大型の豪華客船でプラスチック製の六分儀を使って測定した場合を比べても、そう大きな差は出ないのではないか――というより、足下が安定している分だけ「アマチュア+プラスチック製の六分儀」の方が正確な数値が得られるのでは――と思わせるくらいの精度はある(何度も言うが、実際の航海ではGPSの併用は必須)。
これがないときはどうするか?
どうにもならない。
とはいえ、サバイバルの状況では、いろんな道具を使っておおよその高さを知ることはできる。
全長七メートル弱のヨットで大西洋横断中に遭難したスティーブン・キャラハンは、救命イカダで漂流中、鉛筆三本を組み合わせて三角形の簡易測定器を自作して太陽の高さを測った。時間は腕時計でわかる。
だいたいの高さとだいたいの時間がわかれば、だいたいの場所の検討くらいはつく。
それを航法と呼べるかは別の問題だが。
その意味では、自分の体を使うというのが究極の測定器になる。
腕を伸ばし、指を横向きにして水平線に平行にしてみよう。
指一本の幅が二度、
握りこぶしを作ると、親指から小指までの幅が十度、
親指と人差し指をめいっぱい開くと十五度、になる。
個人差もあるが、そう極端には違わないはずだ。
3.天測暦
地球は完全な球体ではなく、地軸は太陽に対して傾いているし、自転も厳密には1日24時間ではない。回転速度も一定ではなく早くなったり遅くなったりしている。
そのため、観測で得られた値は必要に応じて補正(改正)してから計算に用いなければならないが、天測暦には、それに必要な1日ごとのデータが記載されている。
それぞれの天体の運行について、1日ごとの位置など、膨大な観測と計算にもとづくデータをまとめたものが天測暦で、開くと、両ページに数字の詰まった表が並んでいて、とっつきにくい印象を受ける。
こんな感じ。
太陽、惑星(金星、火星、木星、土星)、月、それに恒星(北極星やシリウスなど数十個)の位置が、1日1ページの割で掲載されている。データの読み方さえ理解しておけば、あとは必要に応じて機械的に数値を拾うだけだ。
有料ではあるが、日本では毎年夏頃に、翌年分が刊行され、海図と同じく、日本水路協会のサイトで購入できる。
https://www.jha.or.jp/shop/index.php?main_page=product_info_js2&products_id=3674
当然のことながら英語版(Nautical Almanac)も、複数の国で刊行されている(アマゾンなどで購入できる)。
英語版については、オンラインで複数のサイトから入手することも可能だ(こちらは無料)。
https://www.nauticalalmanac.it/en/navigation-astronomy/the-nautical-almanac.html
4.海図
これは説明するまでもないだろう。
山歩きする人にとっての国土地理院の地形図のようなもので、航海する海域全体が見わたせるものと、島で錨泊地を探すための大縮尺の詳しい海図の両方があれば一番よい。
加えて、海図上で距離を測るためのディバイダ(製図用コンパスの両方の足が針になったもの)と定規、鉛筆、消しゴム。
定規は日本では二枚の三角定規を使うのが一般的(井上式という専用の定規がある)。一定の角度の直線を平行移動させるだけだから、製図用など大きめの三角定規でもよい。欧米では平行定規を使うことが多い。
5.方位磁石
天測はしなくても、船には絶対に必要なもの。注意すべきなのは、磁石の指す北(磁北)と北極点(真方位の北)には少しずれがあること。これを偏差という。
海図には、真方位と磁針方位を同心円で描いた図が必ず印刷してある。これをコンパスローズという。この偏差は年ごとに変化するが、その割合も海図に書いてあるので、海図の作成年と現在に差がある場合は、さらに年数分追加/削減する必要がある。
上のコンパスローズでは内側の磁針方位の北を指す線に「7°10’W 20** (1’5W)」と書いてあるが、磁針の北を指す方向が20**年の段階で真方位から7°10’西側にずれているいう意味である。カッコ内の数値はその年から1年ごとに1’5度ずつ西にずれていくことを示している。海図の刊行された年から2年後であれば7度10’に3’(1’5×2)を加える。
また、磁石はエンジンなどの金属が近くにあると影響を受ける。これを自差という。これは、船の向いている方角によっても違ってくるので、東西南北とその中間の八方位について、それぞれ自差がどれくらいあるのか、あらかじめ確かめて表を作っておくことも大切。
海の上で、実際に海図上で方向が確定できる見通し線を見つけて、船をその場でぐるっと360°回転させながら記録していくわけだが、このあたりのことは天測以前の航海術の話になるので割愛。
ここでは方位磁石(コンパス)の指す方角では、偏差と自差の分を考慮して修正しなければならない、ということだけを覚えておこう。
6. 天測計算表
天測に必要な計算では、関数電卓を使うか、表計算などのパソコンソフトで計算式を作っておいて、観測した値だけ入力すれば自動的に結果が出るようになっていることが多い。
天測計算表は、そうした何種類もの計算結果をあらかじめ一覧表にしたものだ。
天測計算表と位置決定用図は、上記の海図を販売しているところ(日本水路協会の海図ネットショップ)で購入できる。
天測暦と異なり、計算表は一冊あれば毎年購入する必要はない。
子午線高度緯度法では紙と鉛筆を使った初歩的な計算だけで結果が出るし、正午の太陽の観測による位置測定では、7以下については別になくてもかまわない。
こう言い切ってしまうと、反論もあるだろうが、実は一口に天測といっても、時代によって大きく異なっているのだ。
海員学校や航海士の養成課程で天測の訓練を受けた人にとっては「天測=位置の線航法」というイメージが強いが、そもそも「天体の方位と角度が観測者の位置を示している」ことが発見されたのは十九世紀半ばであり、それを元にした位置の線航法が確立され広く使用されるようになったのは、十九世紀後半から二十世紀にかけてのことにすぎない。
つまり、大航海時代のコロンブスやマゼランも、日本に鉄砲やキリスト教を伝えた南蛮船も、さらに時代が下って太平洋をくまなく周航してハワイを発見したジェームズ・クックも、この「位置の線」という概念は知らなかったし、当然のことながらそうした観測もしていなければ、そうした航法を用いてもいなかった。
位置の線航法は、ある意味で天測航法の完成形であり、外洋航路の航海士には必須の知識と技術なので、最後に取り上げる(第七章)が、目的が単に太平洋や大西洋を横断するとか、日本からハワイに行くという程度のことであれば、そうした知識がなくても可能であるのは間違いない。
というか、位置の線航法では、現実問題として、三角関数の計算や天測計算表など必要な知識や道具が一気に増えてしまうため、急にハードルが高くなってしまう。
7.星図盤
天測暦にも簡単な星を示す図は載っている(恒星略図と惑星位置図)。
とはいえ、現実に小さな船で、(ヨットはベテランでも天測は)アマチュアレベルの人に測定可能なのは北極星の観測くらいだろうから、あれば夜のワッチで星を眺めて退屈しのぎができるくらいか。
というのも、昼間は星が見えないし、夜は水平線が見えないわけで、両方が見えるのは、夜明けと夕方のごく短い時間帯のみ。しかも、揺れている船上で小さな星をレンズの中に捉えるのは至難の技だ。
ここで、もっと本格的に勉強したいという人のために、定評のある参考資料を紹介しておこう。
手元にある本を並べてみた。
左から、定番の『天文航法』長谷川健二著 海文堂
中央は英語の本で、
“CELESTIAL NAVIGATION FOR YACHTSMEN” Mary Blewitt著 International Marine/McGraw-Hill Book
右が『誰にもわかる漁船天測法』佐藤新一著 海文堂
手元には天文航法は昭和の版と平成の版の2冊、漁船天測法は最初の版と改訂新版の2冊があり、新しい版ほど、日本語として読みやすくなっている(「漁船…」はとうの昔に絶版)。
英語のものはタイトル通り「ヨット乗りのための天測航法」そのまま。必要最小限のことだけを説明し、69ページしかない。いちど基礎的な知識を頭に入れてから整理するのにいいが、いきなり読み始めたら、かえってわかりにくいかも。
次回から実践編。
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