ヨーロッパをカヌーで旅する 67:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第67回)eyecatch_2019

第十二章

カヌーで航海するときはいつも小さな旗を揚げているのだが、それは荷馬車で運ぶ時も同じだ。ゆっくり歩いていく。目的地には少しずつ近づいてはいる。夕方になると、美しいボージェの山々から涼しい風が吹いてきて、旗も生き返ったようにひらめいた。トゥーア川が道をさえぎるように流れていて、そこを渡らなければならない。とはいえ、日照りが続いていて水が少ないので、渡渉は簡単だった。ぼくらの荷馬車の行列は、やがてタンというかわいらしい町に入った。御者はこのまま自分が定宿にしているホテルまで行こうと言った。ぼくとしては、その宿を見た瞬間に、この規模の町でこれが一番ということはないなと、すぐにわかった(何度も経験しているからね)。それで、ぼく自身が手綱(たづな)をとって引き返し、もう少しましな宿を探した。

見つけた宿の主人はぼくのカヌー旅の記事を読んでいたそうで、大歓迎してくれた。最高だったのは、なんでも自由にできるということだ。夕方、集まった地元の人々を楽しませるため、マグネシウムのランプを点灯してみせた。大勢の人が道路にあふれている。摘みたてのブドウを満載した大きな樽を載せた荷車を牛にひかせて家路に向かうところなのだ。花束を振りまわし、花の冠を高く掲げ、踊ったり、しわがれ声で歌ったりしている。朴訥(ぼくとつ)な感じではあるが、ブドウの豊作を祝っているのだ。国境を超えてフランス領に入って気がつくのは、フランス人は歌が下手だということだ。そういうのを聞かされると、すぐにドイツ人の上手な歌がなつかしくなるから不思議だ。このあたりの農民たちの言葉はまだドイツ語で、気質もドイツ的なのだが。

夜になると、火事を消す実験があるというので、それを見物しにいった。市場に大きなかがり火がたかれていた。新しい装置の発明者が前に出てくる。背中に水を入れた容器を背負っている。炭酸ガスで大気圧の六倍の圧力がかかっているらしい。細くなったホースの先端を火に向ける。かがり火は驚くほど短時間で消えた。大成功だ1。この発明家と町の頭のよい人たちは、その後で、ぼくのカヌーを見物しにきた。例によってスケッチブックを広げて楽しんでもらい、気持ちよく一日が終わった。この日のはじめは苦労の連続だったが、一日の最後ですべて逆転した。にぎやかな町ではあるものの、本屋は一軒しかなく、品揃(しなぞろ)えも貧弱だった。一人の神父と修道女二人が、そこで本を買っていた。活字がびっしり詰まった本より絵や図入りの本の方がよく売れているようだ。

原注1: この発明(消火器)はロンドンでもよく知られているし、非常に価値のあるものだと思う。

翌朝、新しい鉄道を利用してカヌーを丘陵地帯まで運ぶことができた。鉄道の係はカヌーを別便で送るように言った。つまり「貨物」専用の汽車に載せろというわけだ。このカヌーは自分にとって、いわば「女房」のようなもので、それと別々の汽車に乗るなんてできないと、ぼくの方も説を曲げなかった。彼らは額を寄せ、知恵をしぼり、五種類の書類に何やら書きこみ、二倍の料金を請求した。とはいえ、ぼくが払った費用は全部で九ペンスだった。まったく、フランス人は相も変わらず書類仕事が好きで、臨機応変ということを知らない。

[ 戻る ]    [ 次へ ]