現代語訳『海のロマンス』6:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著


夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第6回)


品川を出港した大成丸は横浜で歓迎式典に臨んだ後、東京湾を出たところで六分儀の調整を実施し、房総半島の沖合に錨泊した。


砂とりと水遊び

ボンボヤージの歓声を受け、華やかで華麗に横浜を出た本船が、ここ南総の一角にある鏡ヶ浦に寄港したのは、ただ砂とりという唯一の作業が残っているからだ。

一年二ヶ月の間、訪問する港への出入時はいうまでもなく、その他に毎週土曜日に大掃除を行うのだが、その際の甲板磨き(ホーリーストーン、ホーリーストーニング)に用いる砂は内容積が十一トンもある砂庫(しゃこ)を満杯にしていてもなお足りないほどだ*1。無骨で太く日焼けした腕を持つわれわれは、六丁のオールも曲がれとばかりに、深緑色の清波(せいは)の中に突っこみ、北条六軒町の松原を目がけて懸命に漕いだ。

松青く砂白き浜辺にボートを係留し、シャツ一枚の身軽な格好で、さながら幼児の浜遊びよろしく喜々として砂を浜に積みこむ。積みこみ終われば船に帰って砂庫(しゃこ)に運び入れた。汗をふく暇もなく、ボートを洗う。船乗りの生活は忙しくも面白い。

「本日午後五時より、三十分間、総員泳ぎかた、許す」という告示が一等航海士から下った。これが一年二ヶ月の間の泳ぎじまいだとばかりに、どの船室も大喜びだった!

五時の総員整列の合図で、百二十五人のヘラクレスの申し子たる偉丈夫が、ふんどし一つの裸でズラリと並ぶ。やがて、打ち方はじめの号音で、次々にイナゴのように海に飛びこんだ。貨物の積み込み口から跳びこむものもいれば、海面から十メートルほどの高さがある波よけのブルワークから、龍門入りよ、地蔵入りよと、飛びこみの秘術をつくし、また観海流(かんかいりゅう)だ、水府流(すいふりゅう)だと、抜き手の巧みさを競う。

イナゴのごとく飛べば、スイカのごとくに潜る。泳ぎも速いし、水にもぐるのも巧みで、人間の大きさをした鯉が踊っているようで、足の伸び縮みの自在さ、海にいるとは思えないしなやかさで、走っているようだなどと褒めてやるべき熟練者もいる。やがて五時半となり、打ち方やめの号音と共に、一同再び整列し、一等航海士とドクターの点検をうけた。

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訳注
*1: 帆船の甲板は定期的に海水をまいて掃除するが、その際に甲板に砂をまき、椰子の実を半分に切ったものでごしごし磨く。
これをタンツーと呼ぶが、それに使う砂を海岸で確保するため、ボートで房総半島の砂浜に上陸したもの。
作者はこの砂をホーリーストーンと呼んでいるが、一般には、汚れがひどいときに使う砥石状の石をホーリーストーンと呼ぶことが多い。

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現代語訳『海のロマンス』6:練習帆船・大成丸の世界周航記」への2件のフィードバック

  1. 甲板(こうはん:船乗りはこう発音します)を磨く砂をホーリーストーンとしておられますが、ホーリーストーンは砂岩でできたもので、われわれはこの代わりにヤシの実を半分に切ったものを使っていました。したがって撒かれるものはあくまでも砂sandのはずです。

    • 福谷さん、コメント、ありがとうございます。

      ご指摘の通り、砂をまいて甲板磨きをしたようですので、文章の表現については、
      「甲板磨き(ホーリーストーン/ホーリーストーニング)に用いる砂」に変更しました。

      ご指摘を受けて、少し調べてみたところ、
      かつて米海軍では、レンガみたいに小さく平らにした砂岩を手に持って雑巾がけをするように(割ったヤシの実を使うタンツーのように)、
      あるいは、それに柄をつけてデッキブラシのように)使っていたそうで、
      それをホーリーストーンと呼び、甲板磨きもホーリーストーニングと呼ぶようになったのだそうです。勉強になりました。
                                                      海洋冒険文庫

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