スティーヴン・クレインの手記 2

眠れない

海に夜の闇がおとずれた。コモドア号の船尾には夜光虫による幅の広い青白い光の航跡がのびている。コモドア号のずんぐりした船首が黒く大きな波に突っこむたびに、船の一方の側で海水が渦をまき点滅しながら滝のように流れ落ちていく。聞こえるのは、リズミカルで力強いエンジン音だけだ。外国の紛争の片棒をかつぐ形の船に特派員として便乗した駆け出しの記者として、ぼくは出港してからずっと興奮状態にあったので、なかなか眠くならなかった。それで一等航海士の寝床で横になって体を休めた。船が傾くたびに隔壁ごしに衝撃が伝わってきたが、薄暗い中で船がゆれるたびに胃の上あたりに吐き気がもよおしてくる。これは楽しくもなければ何かの教訓になるようなことでもなかった。

料理長、行く末を案じる

料理長は厨房の長いすで眠っていた。太った堂々たる体躯をしていたが、チェッカーゲームのボード盤をうまくつかって、船が動いても体が長いすから落ちないようにしていた。ぼくが厨房に入っていくと彼は目を開け、周囲を見まわしながら、つらそうに「神様」とつぶやいた。「なんとも居心地が悪いんだよな。この船で何か起きるような気がしてしょうがないんだ。それが何なのか俺にはわからないが、このポンコツ船で何かが起きそうないやな予感がする」

「で、乗客の連中の方はどう?」と、ぼくはきいた。「誰かいなくなるとかあるかな、予言者先生?」

「そうだな」と料理長がいった。「ときどき、なんだか呪われてるような気がするんだ。それはともかく、なんとなくなんだが、あんたも俺もどっちもこの船から離れることになって、またどこかで、少し先のコニーアイランドとかそんなところで再会するような気もするんだな」

一人で十分

眠れないとわかったので、ぼくは操舵室に戻った。チャールストン出身のベテランの船乗りであるトム・スミスが舵を握っていた。暗かったのでトムの顔は見えなかったが、羅針盤を見ようと前かがみになるたびに、羅針盤が収納されている箱の薄暗い照明で、風雪に耐えてきた彼の姿が浮かび上がる。

「やあ、トム」とぼくはいった。「この航海はどう、うまくいくかな?」

彼はこう答えた。「やり通せるとは思うぜ。こんな航海は何度もやってるし、なんせ給料がいいからな。だが、無事に戻ったら、こんどで終わりにするよ」

ぼくは操舵室の隅に腰をおろし、うつらうつらしていた。やがて船長が職務を果たすためにやってきて、ぼくのそばに立った。と、機関長が階段を駆け上がってきて、あわてた様子で、船長にエンジンルームで問題が起きたと知らせた。機関長と船長はそっちへ向かった。

船長が戻ってきたとき、ぼくは同じ場所で眠りかけていた。船長は操舵室の真うしろにある小部屋の扉まで行き、キューバ人のリーダーに大声で呼びかけた。

「おい、君の仲間に手を貸してくれるよう頼んでくれないか。私はそっちの言葉ができないから説明できんのだ。仲間を連れて一緒に来てくれ」

機関室での共同作業

キューバ人のリーダーはぼくを見て、こういった。「機関室に行って手を貸してくれ。バケツでかい出すんだ」

機関室といえば、いわば灼熱地獄の釜のような光景が展開されているところだ。そもそも耐えられないほど熱いし、燃焼による薄暗い光にあやつられるように不可解で身の毛もよだつような影が壁をうごめいている。そこに大量の海水が流入し、泡立ちながら機械類の間をゆれ動き、大きな音を立ててぶつかりあい、がたがた鳴り、蒸気を立ちのぼらせていた。船底の一番奥にある奈落の底というわけだ。

その場所で、ぼくは若い機関士のビリー・ヒギンズと知りあった。彼はこの地獄のようなところに陣どり、バケツに水をくんでは男たちに手渡し、彼らは一列に並んで順送りして舷側から捨てていった。その後、指示に従って手順を変え、船の風上側にある、機関室に通じている小さなドアから排水するようになった。

船でパニックは起きなかった

その間も、排水ポンプが故障しているとか、機械に関する他の専門的なやりとりが頻繁になされたが、ぼくにはちんぷんかんぷんだった。とはいえ、機関室でいきなり大きな破壊が生じたということだけは理解できた。

このとき、乗客の間に扇動するような行為は一切なく、その後もコモドア号でパニックめいたものは発生しなかった。ヒギンズやぼくと一緒に作業をした連中は全員キューバ人だったが、彼らはキューバ人のリーダーの指示に従っていた。やがて、ぼくらは船倉の方に移るよう命じられた。またあの不快な機関室に入るのかと、ぼくらはためらったが、ヒギンズは率先してバケツをつかみ、昇降用階段を降りていった。

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